健康経営コラム|エキスパートインサイト

健康経営KPI完全ガイド2026
設計・測定・運用・経営報告まで

KGIから逆算する戦略マップ、目的別KPIテンプレート、プレゼンティーズムの測定法、運用の3原則、経営会議への上げ方まで。担当者が「やりっぱなし」を卒業するための総合ガイドです。

この記事でわかること
  • 2025年3月改訂ガイドブック準拠の「4層構造」でKPIを設計する方法
  • KGI(最終目標)から逆算する戦略マップの作り方
  • プレゼンティーズム・ワークエンゲージメントの具体的な測定方法
  • 2026年度認定で新たに求められるKPI項目(女性の健康・高年齢従業員・PHR)
  • KPIを"設定して終わり"にしない運用の3原則レビュー会議の進め方
  • 経営層に伝わる報告フォーマットと戦略マップの使い方
  • 目的別に選べるKPI50選リスト(CSV無料ダウンロード付)

「健康経営を推進するぞ!」と意気込んだものの、何をもって「成功」とすれば良いのか──。担当者が最初に直面する大きな壁が「KPIの設定」です。

しかし、KPIは「設定して終わり」ではありません。設定した後の運用設計、経営層への報告、四半期ごとの検証まで一貫して回せてはじめて、健康経営は"人事施策"から"経営施策"へと進化します。

この記事では、2025年3月改訂の最新ガイドブック「戦略マップ」に準拠し、KGIから逆算するKPI設計 → 測定 → 運用 → 経営報告 → 改善まで、担当者が明日から使える実践ガイドをお届けします。

【重要】本記事は2026年6月時点の公開情報に基づく最新版です。

2025年3月改訂「健康経営ガイドブック」、健康経営度調査票(令和7年度)、第5回健康経営推進検討会資料をもとに執筆しています。

第1章:なぜ「KPIの設定」で止まってしまうのか

健康経営のKPI設定でよく見られる3つの落とし穴があります。

前年踏襲

「去年と同じKPI」をそのまま使い続け、なぜそれを測るのか説明できない。

数字確認だけ

月次で数値報告はするが、改善アクションにつながらない。

担当者だけ

数値を見ているのは担当者だけで、経営層も現場も動けない。

これらの根本原因は、KGI(最終ゴール)が不在のままKPIを並べていることにあります。

KGI ── 重要目標達成指標

企業が目指す最終的なゴール
いわば「山の頂上」。
例:プレゼンティーズム損失を3年で15%改善

KPI ── 重要業績評価指標

KGI達成のための中間チェックポイント
いわば「一合目・二合目の看板」。
例:運動習慣者率を40%に引き上げる

つまり、「KPIの達成を積み重ねた結果、KGIが達成される」という因果関係を意識することが、KPI設計の第一歩です。

第2章:戦略マップの4層構造 ── ガイドブック2025準拠

2025年3月改訂の「健康経営ガイドブック」では、KPIを4つの層に分けて整理する「戦略マップ」の考え方が示されています。下の土台(プロセス指標)から積み上げ、最上位のKGI(経営指標)へとつなげる設計です。

指標例
🎯 第4層
経営・パフォーマンス
(KGI)
プレゼンティーズム損失割合、アブセンティーズム率、ワークエンゲージメントスコア、離職率、労働生産性指標
❤️ 第3層
健康アウトカム
適正体重維持者率(BMI 18.5〜25未満)、血圧・血糖・脂質有所見者率、高ストレス者割合、メンタル不調による休職者数
🏃 第2層
意識・行動変容
運動習慣者率、喫煙率、朝食欠食率、睡眠による休養充足度、健康リテラシー自己評価スコア
📋 第1層
プロセス(実施量)
健診受診率(目標:100%)、ストレスチェック受検率、セミナー参加率、特定保健指導実施率、再検査・精密検査受診率

▲ 上から KGI → アウトカム → 行動変容 → プロセス(土台)の順。下から積み上げ、最終的にKGIの達成を目指す構造です。

読み方のポイント:

  • 第1層(プロセス)を改善すると → 第2層(行動変容)が動く
  • 第2層が動くと → 第3層(健康アウトカム)が改善する
  • 第3層が改善すると → 第4層(KGI:経営指標)が向上する

この「因果の鎖」を意識してKPIを選ぶことが、やりっぱなしにならないための最も重要な原則です。

💡 専門家の視点:KPIは「選ぶ」のではなく「逆算する」

KPIを「設定すること」がゴールになっている企業を、8年間で数多く見てきました。本当に差がつくのは、KGIから逆算してKPIを選び、そのKPIが「動いているか」を四半期ごとに検証する仕組みです。

100社あれば100通りのKPIがあるはずです。他社のKPIリストをそのまま借りても、自社の経営課題は解決しません。自社の健康課題をデータで特定し、そこから逆算する。それが、数字で語れる健康経営の第一歩です。

第3章:目的別KPIテンプレート ── 2026年度認定対応

7つのカテゴリ別に代表的なKPIを整理します。は2026年度に新設・強化された項目です。自社の優先テーマに合わせてKGI 1〜2個+KPI 3〜5個を選定するのが実践的な目安です。

カテゴリ 代表的なKPI
生産性向上
組織活性化
プレゼンティーズム損失割合(%) 第4層
アブセンティーズム率(欠勤日数/人) 第4層
ワークエンゲージメントスコア(ユトレヒト尺度等) 第4層
有給休暇取得率(%)/ 離職率 第4層
メンタルヘルス
★ 名称変更
高ストレス者率(%) 第3層
心理的安全性スコア / 職場環境スコア 第2層
メンタル不調による休職者数・休職日数 第3層
相談窓口認知率・利用率(%) 第1層
フィジカルヘルス 定期健診受診率(目標:100%) 第1層
適正体重維持者率(BMI 18.5〜25未満) 第3層
運動習慣者率(%)/ 喫煙率(%) 第2層
再検査・精密検査受診率(%) 第1層
食生活改善 朝食欠食率(%)/ 野菜摂取目標達成者率 第2層
食生活改善セミナー参加率・満足度 第1層
適正飲酒習慣者率(%) 第2層
女性の健康
2026新設
婦人科検診(乳がん・子宮がん)受診率(%) 第1層
更年期症状・PMS等による就労支障率(%) 第3層
プレコンセプションケア研修実施率 / 相談窓口認知率 第1層
高年齢従業員
2026新設
体力測定・フレイルチェック実施率(%) 第1層
転倒予防・運動施策参加率 / 転倒労災件数 第2層
介護離職率(%)/ 介護と仕事の両立支援利用率 第4層

出典:経済産業省「健康経営ガイドブック」2025年3月改訂版、健康経営度調査票(令和7年度)、健康経営推進検討会資料を基に作成

第4章:効果検証の要 ── プレゼンティーズムの測定方法

2026年度の健康経営度調査では、プレゼンティーズムの測定方法・結果・改善計画の開示が評価に直結します。主な測定手法を比較しましょう。

手法 設問数 特徴 推奨規模
SPQ
東大1項目版
1問 「最高の状態を100%として、過去4週間の仕事のパフォーマンスは何%?」無料・簡便・ストレスチェックと同時実施可 中小企業に最適
WHO-HPQ 3問 WHO推奨の国際標準、国際比較・ベンチマークが可能 全規模対応
WLQ-J 25問 時間管理・身体的要求・集中力・対人関係の4次元で分析。詳細な課題特定に強い 大規模法人向け
QQmethod 2問 仕事の「量」と「質」を11段階評価。症状ごとの損失を推計可能 全規模対応

【SPQによる損失額の計算例】

SPQで全社平均「85%」と回答 → 損失割合 = 15%

年間損失額 = 平均年収 × 損失割合 × 従業員数
= 460万円 × 15% × 100人
= 年間 6,900万円

たった1問のアンケートで、経営層に伝わる「金額」が出せます。3ヶ月に1回測定すれば、施策の効果を定量的に追跡できます。

💡 専門家の視点:完璧を待たない、SPQ1問から始める

プレゼンティーズムの測定は「完璧な客観指標」を待っていたら永遠に始まりません。SPQ1問から始めて、3ヶ月で1サイクル回す。それだけで、健康経営優良法人の申請書に書ける「測定 → 施策 → 改善」のPDCAが完成します。まずは「今の数字」を知ること。それが、すべての起点です。

第5章:KPI運用の3原則 ── "設定後"で差がつく

KPIを設定した時点で満足してしまうケースは非常に多く見られます。しかし本当に差がつくのは、その後の運用設計です。

原則1:KPIは3〜5個に絞る
自社の最重要課題に紐づく重点KPIから始めます。数が多すぎると「結局どれが重要か」が分からなくなり、担当者も現場も動けません。
原則2:「結果指標」と「先行指標」をセットで持つ
結果指標(離職率、プレゼンティーズム等)は変化に時間がかかります。先行指標(高ストレス者率、睡眠充足度、運動習慣者率等)とセットで持つことで、「まだ最終成果は出ていないが、良い方向に進んでいる」と判断できます。
原則3:指標ごとに「見る頻度」を決める
月次:残業時間、イベント参加率、相談件数
四半期:ストレス関連指標、運動習慣率、睡眠充足度
年次:健診結果、有所見率、離職率、プレゼンティーズム

KPIレビュー会議はこう進める:

  1. 前回からの変化を確認する ── 想定通りかどうかを見る
  2. 要因を仮説で整理する ── 周知不足か、対象設定か、季節要因か
  3. 次回までの打ち手を1〜2個決める ── 大きな改革より小さな改善を早く
  4. 誰がいつまでにやるかを決める ── 改善行動が担当者で止まらないように

第6章:KPIを"経営の言葉"に変える ── 経営会議への上げ方

健康経営の担当者が苦労しやすいのは、数値を集めることそのものではありません。難しいのは、その数値を「何の経営課題に効くのか」という文脈で説明することです。

Q. 経営層に説明するとき、最も重要なことは?
A. 「そのKPIが、どの経営課題につながるのか」を先に示すことです。先に数字を話すのではなく、「離職防止」「生産性向上」など経営にとっての意味を示してからKPIを説明すると、会議で理解されやすくなります。

おすすめの報告順:

  1. 対象とする経営課題(例:離職防止、健康起因の生産性低下防止)
  2. 今回見る重点KPI(3〜5個)
  3. 前回からの変化(改善/横ばい/悪化)
  4. 変化の要因仮説(施策、季節性、対象設定など)
  5. 次回までのアクション(誰が、何を、いつまでに)

「数字の変化」と「次の打ち手」をセットで報告すると、会議が動きやすくなります。数字だけ、施策だけ、感想だけ、にならないように意識することが重要です。

第7章:2026年度 健康経営度調査の主な変更とKPIへの影響

  • ✅ 経営トップの関与:取締役会や経営会議でKGI/KPIの達成状況を報告しているかが具体的に問われる
  • ✅ KGI・目標設定の三層構造:「推進方針 → 目標 → KGI」の三層が必須に
  • ✅ プレゼンティーズム測定の重要度UP:測定手法・改善計画の開示が評価に直結
  • ★ 女性の健康:PMS・更年期・プレコンセプションケアが選択要件に追加
  • ★ 高年齢従業員:体力状況に応じた配慮、転倒予防、介護との両立支援が追加
  • ★ PHRデータ活用:専門職と連携した個人健康データ活用が評価項目に
  • ✅ 40歳未満の健診データ提供が大規模法人で必須要件に
  • ✅ 「メンタルヘルス」→「心の健康保持・増進」に名称変更
  • ★ ストレスチェック義務化範囲拡大:50人未満の事業場にも義務化の方向で改正法案閣議決定

KPI設計への実務的な影響:

  • KPIの上位にKGIと推進方針を明示する3層構造が必要
  • プレゼンティーズムの測定を未実施の企業は、今年度中に開始すべき
  • 従来のカテゴリに加えて「女性の健康」「高年齢従業員」のKPIを追加検討
  • 経営会議でKGI/KPIの達成状況を報告する体制を構築

まとめ:KPI設計の4ステップ

STEP 1 ── 経営課題を特定する(KGI設定)

「何を達成したいのか」を明確に。経営層と合意した1〜2個のKGIを設定する。

STEP 2 ── 健康課題をデータから探る

健診データ、ストレスチェック結果、残業時間、有給取得率。KGI達成を阻害している健康課題を数字で特定する。

STEP 3 ── 4層構造に沿ってKPIを選ぶ

プロセス → 行動変容 → アウトカム → KGI の因果の鎖でKPIを配置。「このKPIが動けば、KGIが改善する」というストーリーを作る。

STEP 4 ── 四半期レビューでPDCAを回す

経営会議で四半期ごとにKGI/KPIの達成状況を報告。動いていないKPIは施策を見直す。

KPI運用チェックリスト
  • □ KPIの数は3〜5個に絞れている
  • □ 結果指標と先行指標をセットで持っている
  • □ 指標ごとに確認頻度(月次・四半期・年次)が決まっている
  • □ レビュー会議で「次に何をするか」まで話せている
  • □ KPIが経営層・管理職とも共有されている
  • □ KPIがどの経営課題につながるか説明できる
  • □ 戦略マップや整理図を関係者で共有できている

施策を増やすことよりも、「なぜこの数字を追うのか」を経営層と共有する仕組みを作ること。それが、2026年以降の健康経営で最も求められる力です。

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📝 狩野の実務メモ|この記事を読んだ担当者へ

💬 狩野 学|ウェルネスドア合同会社 代表

KPI設計で一番多い相談は「何を測ればいいか分からない」ですが、本当の課題はその先にあります。「測った数字を、誰が見て、何を決めるのか」──この運用設計がないまま指標を増やしても、Excelの列が増えるだけです。

私がお客様と最初に行う作業はこうです:

① 経営課題を1つ特定する(離職?生産性?採用?)
② その課題に効く健康指標を3つ選ぶ(データから逆算)
③ 四半期レビューの場と報告フォーマットを決める
④ 「今年は追わない指標」を明文化する

100社あれば100通りのKPIがあるはずです。他社のリストをそのまま借りても、自社の経営課題は解決しません。自社の健康課題をデータで特定し、そこから逆算する。それが、数字で語れる健康経営の第一歩です。

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執筆・監修

狩野 学(かりの まなぶ)

ウェルネスドア合同会社 代表。約18年間、フィットネス・健康領域で現場支援に携わった後、2018年より法人向け健康経営支援を本格展開。課題分析からKPI設計、セミナー・運動施策の実施、効果検証まで一気通貫で支援。「数字で語れる健康経営」の実装を専門とする。

【参考文献・出典】

  • 経済産業省「健康経営ガイドブック」2025年3月改訂版
  • 経済産業省「健康経営度調査票(令和7年度)」大規模法人部門・中小規模法人部門
  • 経済産業省 健康経営推進検討会 資料(2025〜2026年)
  • 経済産業省「健康投資管理会計ガイドライン」
  • ACTION! 健康経営 ポータルサイト「健康経営優良法人2026 フィードバックシート」
  • Hara K, Nagata T, et al. Journal of Occupational and Environmental Medicine, 2025.
  • WHO "Investing in treatment for depression and anxiety leads to fourfold return." Chisholm et al., The Lancet Psychiatry, 2016.
  • 厚生労働省「データヘルス・健康経営を推進するためのコラボヘルスガイドライン」
  • 新井卓二「日本における経営戦略としての健康経営の効果に関する実証分析」大阪大学博士論文, 2020.
  • MS&ADインターリスク総研「健康経営優良法人2026〜認定制度の変更点と今後の方向性〜」(2025年9月)