この記事のポイント
・がん=退職ではない。「辞める必要はない」と最初に伝えることが、部下の心を救い貴重な戦力を守る
・がん診断後の離職者の約57%が「治療開始前」に退職。上司の初動が離職を防ぐ最大の分岐点
・良かれと思った「過剰な配慮(仕事の取り上げ)」が、かえって部下の居場所を奪うリスク
・2026年4月施行──両立支援が全企業の努力義務に。管理職が知るべき制度変更と初回面談チェックリスト
CHAPTER 01
もし明日、信頼する部下からこう告げられたら、動揺せずに適切な言葉をかけられるでしょうか?
日本人の2人に1人ががんになる時代。2023年の全国がん登録では、新たにがんと診断された人は約99.3万人。がん治療のために仕事を持ちながら通院している人は約49.9万人に上ります。職場でのカミングアウトは、もはや稀なケースではありません。
さらに2026年4月、改正労働施策総合推進法が施行され、治療と仕事の両立支援が全企業の「努力義務」となりました。企業規模による除外規定はなく、従業員1名でも雇用する全事業主が対象です。これまで「ガイドライン」として示されていたものが、法的根拠を持つ「治療と就業の両立支援指針」に格上げされたのです。
この記事では、管理職が最も迷う「告知を受けた直後の対応」に焦点を当て、部下と共に歩むための正しい第一歩を、最新の法制度とエビデンスに基づいて解説します。
CHAPTER 02
部下にとって、上司への報告は相当な覚悟が必要です。「迷惑をかけるのではないか」「クビになるのではないか」という不安で押しつぶされそうになっています。だからこそ、上司が最初に発すべき言葉は決まっています。
「話してくれてありがとう。まずは治療を最優先にしよう。
会社としてしっかりサポートするから、
焦って辞めることを考える必要はないよ。」
なぜこの一言が重要なのか──データが物語っています。
離職率:がんと診断を受けて退職・廃業した人は就労者の19.8%。そのうち、初回治療までに退職・廃業した人は56.8%(厚生労働省「平成30年度患者体験調査」)。
改善の兆し:三菱UFJリサーチ&コンサルティングの2025年調査(N=1,070)では、がん罹患後に転職・再就職した人のうち正社員のまま働いている人の割合は74.3%(前回調査比+18.1ポイント)に改善。
職場の対応変化:同調査で「勤務先が今後の働き方について、あなたの意思や希望を確認した」が約4割と最も多く、前回調査から増加。上司の初動が変わり始めています。
上司の「辞めなくていい」という一言が、部下の不安を払拭し、治療に向き合うための「安全基地」を作ります。逆に言えば、この一言がなければ、部下は「迷惑をかけたくない」という自己判断で、治療が始まる前に退職してしまうかもしれないのです。
CHAPTER 03
「無理をさせてはいけない」という優しさから、やってしまいがちな失敗があります。それは、本人の意向を聞かずに、一方的に仕事を減らすことです。
NG PATTERN 01
「負担だろうから外しておいたよ」──上司の善意のつもりが、部下には「もう期待されていない」「自分の居場所がなくなった」という疎外感として伝わります。仕事は患者にとって「社会との繋がり」であり「生きがい」でもあることを忘れてはいけません。
NG PATTERN 02
「どんながんなの?ステージは?」──心配からの質問でも、部下には「興味本位で聞かれている」という不快感を与えかねません。病名や治療内容は「要配慮個人情報」であり、本人が話したい範囲で聞くことが原則です。
NG PATTERN 03
「チームのみんなにも伝えておいたから」──本人の許可なく病名を共有することは、プライバシーの重大な侵害です。「誰に」「どこまで」伝えてよいかは、必ず本人と合意した上で決めましょう。
原則:配慮の内容は、必ず本人と相談して決めましょう。「できること」と「できないこと」の線引きは、上司の独断ではなく、主治医の意見と本人の意思に基づいて行います。2026年4月施行の「治療と就業の両立支援指針」でも、労働者からの申し出を起点とし、主治医の意見を踏まえた上で就業上の措置を講じることが明記されています。
CHAPTER 04
最初の面談では、以下の項目を確認し、人事部門や産業保健スタッフ(産業医・保健師)、そして「両立支援コーディネーター」へ繋ぐ準備をしましょう。すべてプライバシーに配慮し、答えられる範囲で確認します。
☑ 今後のスケジュール ── 入院や手術の予定、通院の頻度など(分かっている範囲で)。治療計画はまだ確定していないことも多いので、「決まったら教えてね」で構いません。
☑ 就業への希望 ── 「働き続けたいか」「今の業務を続けられそうか」。本人の意思を最初に確認することが最も重要です。
☑ 情報の取り扱い ── 部署のメンバーに「どこまで伝えて良いか」。例えば、病名は伏せて「体調不良で入院」とするか、オープンにするかは本人の意向を尊重します。
☑ 連絡手段 ── 休職中の連絡先や連絡頻度についての希望。「毎週メールで状況を共有する」など、双方が安心できるルールを決めます。
☑ 社内の支援窓口の案内 ── 人事部門、産業医、EAP(従業員支援プログラム)、そして厚労省の「両立支援コーディネーター」の存在を伝えます。「一人で抱え込まなくていい」という安心感を提供しましょう。
CHAPTER 05
CHANGE 01
改正労働施策総合推進法により、2026年4月から全企業に対し、治療と仕事の両立を促進するための必要な措置を講じることが努力義務化されました。相談窓口の設置、就業規則の整備、管理職への研修が求められます。
CHANGE 02
2026年2月に「治療と就業の両立支援指針」が厚労省告示として公表。従来の任意のガイドラインが法的根拠を持つ指針となり、事業者の対応が明確化されました。厚労省が提供する公式テンプレート(勤務情報提供書・主治医意見書・両立支援カード・支援プラン様式等)を活用すれば、自社でゼロから書類を作る必要はありません。
CHANGE 03
2026年6月の診療報酬改定で、「療養・就労両立支援指導料」の対象疾患の制限が撤廃され、すべての疾患が対象に。また「両立支援カード」の活用が算定対象に追加され、主治医への情報提供が正式な診療行為として位置づけられました。主治医に遠慮せず、積極的に連携を依頼できる環境が整っています。
EXPERT INSIGHT
法人向けの健康経営支援を続ける中で、私が最も心を痛めるデータがあります。それは、がん診断後に離職した人の約6割が「治療が始まる前」に辞めているという事実です。
これは、病気そのものが原因ではなく、「職場に迷惑をかけたくない」という思い込みと、「相談しても仕方がない」という諦めが原因です。つまり、上司の最初の一言と、会社の支援体制の有無が、離職を防ぐ最大の分岐点なのです。
2026年の法改正は、この状況を変えるための大きな一歩です。しかし、制度を作るだけでは不十分です。管理職一人ひとりが「病気になっても、まず相談してほしい」と日頃から発信し続けること──それが、制度を「文化」に変える唯一の方法だと考えています。
── ウェルネスドア合同会社 代表 狩野 学
参考文献・根拠
・厚生労働省「治療と就業の両立支援指針」(令和8年厚生労働省告示第28号、2026年2月公表)
・厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」令和6年3月版
・厚生労働省委託事業「平成30年度患者体験調査報告書」(離職率19.8%、治療前離職56.8%)
・三菱UFJリサーチ&コンサルティング「がん治療と仕事の両立に関する調査2025」(2025年8月)
・厚生労働省「2023年全国がん登録 罹患数・率報告」(2026年1月公表 / 罹患数99.3万人)
・厚生労働省「令和4年国民生活基礎調査」特別集計(通院しながら働くがん患者49.9万人)
・JILPT 調査シリーズNo.241「治療と仕事の両立に関する実態調査(患者WEB調査)」(2024年3月)
・内閣府「がん対策に関する世論調査」(令和5年7月実施)
【免責事項】本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、法的助言や医療上のアドバイスを行うものではありません。個別の対応については、産業医・社会保険労務士・両立支援コーディネーター等の専門家にご相談ください。