Expert Insight ― 対話と気づきのコラム
─ 企業の健康セミナー現場から見た"健康無関心層"の実像 ─
📌 この記事でわかること
「健康無関心層」という言葉を、行政の文書でもよく目にするようになりました。
私はフィットネス・健康分野で約18年活動し、2018年からは企業の健康経営支援に軸足を移しました。その中で、「健康に関心がない」と言われている人たちと、数えきれないほど向き合ってきました。
その実感から言えることがあります。
本当に「無関心」な人はほとんどいない。
「忙しくて考える余裕がない」「自分は大丈夫だと思っている」「何をすればいいかわからない」。企業のセミナーに参加する前は「興味ない」と言っていた人が、終了後のアンケートで「実践したい」と書いてくれることは珍しくありません。当社の受講者アンケートでは、87.8%が「健康への意識が高まった」と回答しています。
もし自治体の住民向け事業でも同じ構造があるとしたら、問題は「その人が無関心であること」ではなく、「関心を持てる設計になっていないこと」にあるのではないでしょうか。
私の現場感覚を、最新の学術研究が裏付けています。
📊 エビデンス
帝京大学・福田吉治教授らの厚生労働科学研究(令和4〜6年度)では、「健康無関心層」の同定方法を5つの視点から整理しました。❶行動変容ステージ ❷単一質問 ❸健康関心度尺度 ❹不健康行動の集積 ❺社会経済的状況。つまり「健康無関心層」の定義自体が一つではないのです。
一方、笹川スポーツ財団の調査(2023年実施,
n=2,520)では、健康関心度尺度による「低関心群」は全体の5.4%にとどまりました。9割以上が健康に一定の関心を持っている。しかし、国民健康・栄養調査では運動習慣の改善意思がない「前熟考期」の人は約3〜4割に上ります。
出典:福田吉治ほか「健康無関心層の同定と定義およびアプローチ方法についての一考察」日本健康学会誌 90(5), 2024/笹川スポーツ財団「健康関心度とスポーツライフに関する調査」(2023年, n=2,520)
「関心がない」と「行動しない」は、別物です。
企業の健康セミナーでも、「参加しなかった人=無関心」ではありません。アンケートの自由記述欄には「タイミングが合わなかった」「タイトルを見て自分には関係ないと思った」「申込方法がわからなかった」という声が並びます。
「無関心層」というラベルを貼った瞬間に、アプローチの選択肢が狭まる。「関心はあるが、行動に移していない層」と捉え直すだけで、設計の発想が変わります。
ここから、このコラムで最もお伝えしたい話に入ります。
📊 エビデンス:ポピュレーションアプローチの4類型
杉本九実・福田吉治(2022)は、ポピュレーションアプローチを健康格差の視点から4つに類型化しました。
| 類型 | 効果の特徴 | 健康格差への影響 |
|---|---|---|
| (1) 格差拡大型 | 全層のリスク低下するが、高関心層ほど効果大 | 格差が拡大 |
| (2) 格差不変型 | 全層が一様にリスク低下 | 格差は変化しない |
| (3-1) 格差縮小型 | 全層低下、低関心層ほど効果大 | 格差が縮小 |
| (3-2) 格差縮小型 | 低関心層のみリスク低下 | 格差が縮小 |
出典:杉本九実・福田吉治「ポピュレーションアプローチの類型化:健康無関心層と健康格差の視点から」日本公衆衛生雑誌 69(8), 581-585, 2022
この研究で私が最も衝撃を受けたのは、「良い講座をやればやるほど、格差が広がりうる」という指摘です。
啓発型の健康講座は、健康意識の高い人ほど参加しやすい。結果として、(1)の「格差拡大型」になりやすい。
これは、企業の健康セミナーでも痛感してきたことです。「参加する人はいつも同じ顔ぶれ」「本当に届けたい人が来ない」。同じ予算と労力を使うなら、(3)の「格差縮小型」に設計を切り替えるべきではないか。では、何を変えればいいのか。
そのヒントを示しているのが、東京都八王子市の事例です。
📍 事例:東京都八王子市の大腸がん検診受診勧奨
八王子市では、大腸がん検診の便検査キットを前年度受診者に自動送付していましたが、キット使用率は約7割に留まっていました。そこで、10月時点の未受診者に対して、はがきの表現だけを変えた2パターンを送付。
パターンA(利得フレーム):「受診すると、来年度も便検査キットをお送りします」
→ 受診率 22.7%(1,761名中399名)
パターンB(損失フレーム):「受診されないと、来年度はキットをお送りできません」
→ 受診率 29.9%(1,767名中528名)
表現を変えただけで、受診率が7.2ポイント向上。行政のオペレーションもコストもほぼ変わっていません。この事業は環境省「ベストナッジ賞」を受賞しました。
出典:環境省「社会の課題解決のために行動科学を活用した取組事例」東京都八王子市/(株)キャンサースキャン
注目すべきは、八王子市が変えたのは「内容」ではなく「表現」だという点です。検診の中身はまったく同じ。変わったのは、はがき1枚の文面だけ。
これを先ほどの4類型に当てはめると、従来の勧奨は「関心の高い人が反応する(1)格差拡大型」だったのに対し、損失フレームを使った勧奨は「行動していない層に効く(3)格差縮小型」に切り替わった、と読み解けます。
企業の健康施策でも同じことを経験しています。セミナーのタイトルを「生活習慣病予防セミナー」から「コンビニランチの選び方」に変えただけで、参加者が2倍になったことがあります。内容はほぼ同じ。変わったのは「自分に関係がある」と感じさせる表現だけでした。
杉本・福田の4類型と八王子市の事例、そして企業の現場経験を踏まえて、事業設計を「格差縮小型」に切り替えるための4つの問いを提案します。既存の事業を大きく変える必要はありません。この4つの問いに照らして「設計のどこを調整するか」を検討するだけで、届く範囲が変わる可能性があります。
問い ❶
その事業は「来たい人が来る設計」か、「届けたい人に届く設計」か?
保健センターで開催する健康講座に来る人は、もともと健康意識の高い人です。これは(1)格差拡大型の典型です。一方、栃木県日光市のように企業に出向く、大阪府堺市のようにショッピングモールで実施する── 「人がいる場所に健康を持ち込む」設計にすると、「来たい人」ではなく「届けたい人」に届きます。企業の出張型セミナーが効果を上げているのも、同じ原理です。
問い ❷
参加のハードルは「意欲」に依存していないか?
「参加したい人は申し込んでください」── この設計は、意欲の高い人しか拾えません。八王子市が証明したのは、「参加しない」という選択肢にコストを持たせる(損失フレーム)だけで、行動しない層を動かせるということです。企業でも、「申込制」から「全員参加・不参加の場合は連絡」に変えただけで参加率が跳ね上がった経験があります。ナッジの本質は「意欲に頼らない設計」です。
問い ❸
表現は、対象者が「自分のこと」だと感じられるものか?
「生活習慣病予防セミナー」と「コンビニランチの選び方」── 内容は同じでも、後者の参加率が2倍になった経験があります。「健康講座」というタイトルは、すでに健康に関心がある人向けの表現です。「自分の日常の延長線上にある」と感じさせる表現に変えるだけで、届く層が変わります。「自治体ナッジシェア」サイトでは、表現の工夫に関する自治体の実践事例が分野別に公開されています。
参考:自治体ナッジシェア(https://nudge-share.jp/)
問い ❹
評価指標は「何人来たか」か、「誰に届いていないか」か?
「参加者100人」でも、対象者が1,000人なら10%、100人なら100%。同じ100人でも意味がまったく違います。「何人来たか」は格差拡大型でも達成できます。「誰に届いていないか」を測る── つまりカバー率で評価することで、初めて「届いていない層」が可視化されます。現状、カバー率を評価している市町村は約3割にとどまっています。この指標を導入するだけで、事業の設計思想が変わります。
出典:大曽基宣ほか, 日本公衆衛生雑誌 67(1), 2020
💡 読者のひらめきポイント
「無関心な人にどうアプローチするか」ではなく、「この事業は格差拡大型になっていないか」── 問いを立て直すだけで、見える景色が変わります。
このコラムでお伝えしたかったことは、3つです。
1つ目。「健康無関心層」のうち、本当に関心がない人は5%程度。大多数は「関心はあるが、行動していない」層です。
2つ目。従来の啓発型アプローチは「格差拡大型」になりやすい。良い講座を繰り返すだけでは、届かない人には届きません。
3つ目。八王子市が示したように、表現・場所・参加方法の設計を変えるだけで、「格差縮小型」に切り替えることは可能です。
私は約18年間の健康分野での活動と、2018年からの企業向け健康経営支援を通じて、「届かない人に届ける」という課題に向き合い続けてきました。企業と自治体では文脈が異なりますが、「設計を変えれば届く範囲が変わる」という原則は共通していると考えています。
「届かない」を「相手が無関心だから」ではなく「設計の問題」として捉え直す。その視点の転換に、企業の現場で培った知見がお役に立てれば幸いです。
📚 参考文献・出典
この記事の執筆者
狩野 学(かりの まなぶ)
ウェルネスドア合同会社 代表
フィットネス・健康分野で約18年活動。2018年から法人向け健康経営支援を開始し、ウェルネスドア合同会社を創業。年間400件以上の企業からの問い合わせに対応し、業種・規模を横断した健康施策の設計・実装を行う。「テーマの前に設計がある」を信条に、企業の健康課題を実行可能な施策へ落とし込むことを専門としている。
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