HEALTH LITERACY × 健康経営
日本人の85.4%が「不足」と判定。
しかもヘルスリテラシーが低い従業員ほどプレゼンティーズムが悪化する──
健康経営ガイドブック2025年版が「人的資本の土台」と位置づけた、その理由。
監修:ウェルネスドア合同会社 代表 狩野 学 | 2026年5月 更新
ヘルスリテラシー向上支援を見る 相談するこの記事のポイント
・ヘルスリテラシーとは健康情報を「入手→理解→評価→活用」する力(WHO / Sørensen定義)
・HLS-EU-Q47日本語版調査で日本人の85.4%が「不足」と判定。EU平均47.6%と大差
・東京大学Gotoらの縦断研究でヘルスリテラシーの低さが1年後のプレゼンティーズム悪化を予測
・2025年版健康経営ガイドブックが「人的資本の形成・蓄積の土台」として明記
CHAPTER 01
ヘルスリテラシーとは、健康に関する情報を入手し、理解し、評価し、活用する力です。
Sørensenらによる国際的に最も広く参照される定義(2012年)では、「健康を維持・増進するために必要な情報を入手、理解、評価、活用するための知識、意欲、能力であり、それによって日常生活におけるヘルスケア、疾病予防、ヘルスプロモーションについて判断・意思決定し、生涯を通じた生活の質を維持・向上させることができるもの」とされています。
4つの能力
入手 ── 必要な健康情報を見つけられる
理解 ── その情報の意味を正しく把握できる
評価 ── 情報の信頼性や自分への適用を判断できる
活用 ── 意思決定や行動変容に結びつけられる
3つの領域
ヘルスケア ── 病気や症状があるとき、医療の利用
疾病予防 ── 予防接種・検診受診・生活習慣改善
ヘルスプロモーション ── 生活環境の評価、健康的な活動への参加
つまりヘルスリテラシーとは、単に「健康に関する知識が多い」ことではありません。SNSに溢れる玉石混交の情報を見極め、健診結果を読み解き、自分にとって適切な行動を選び取る──そのプロセス全体を指します。
CHAPTER 02
ヨーロッパで開発された包括的尺度HLS-EU-Q47(47項目・50点満点)の日本語版を使った調査で、日本人のヘルスリテラシーは国際的に見て極めて低いことが明らかになっています。
ヘルスリテラシーを「不足(0〜33点)」に分類された割合は、
EU 8か国平均が47.6%(最も低いオランダは28.6%)に対し、
日本は85.4%。
総得点の平均値もEU 33.8点に対し、日本は25.3点(8点差)。
特に差が大きかった領域
セカンドオピニオンの判断 ── 「難しい」と回答した日本人73.0%(EU 38.6%)
メディア情報の信頼性判断 ── 「難しい」73.2%(EU 49.7%)
治療法の比較判断 ── 「難しい」70.6%(EU 42.6%)
急病時の対処 ── 「難しい」60.9%(EU 21.8%)
背景の分析:日本は「情報の入手」そのものよりも、「情報の評価(信頼性の判断)」と「活用(意思決定への適用)」で特に弱い。これは、日本の医療文化における「お任せ医療」の慣習や、学校教育における健康情報リテラシー教育の不足が指摘されています。
CHAPTER 03
EVIDENCE 01
東京大学のGotoらによる縦断研究(2022年、J-STAGE / J Occup Health誌)では、日本の食品関連企業の従業員1,467名を1年間追跡。その結果、ヘルスリテラシーが低い従業員は、1年後のプレゼンティーズム(出勤しているが生産性が低下している状態)が有意に悪化することが確認されました。仕事の要求度、自覚的健康状態、食習慣と並んで、ヘルスリテラシーがプレゼンティーズムの独立した予測因子であることが示されています。
EVIDENCE 02
2025年3月に公表された健康経営ガイドブック(健康経営優良法人認定事務局編)では、健康投資が効果をもたらす要素として「人的資本」「社会関係資本」「企業の健康風土」の3つが新たに言及されました。ヘルスリテラシーの向上は人的資本の形成・蓄積に直接寄与するとされ、健康経営を「企業価値向上の投資」として位置づける「健康経営2.0」の中核概念に組み込まれています。
EVIDENCE 03
石﨑・大久保(2022年、日本健康教育学会誌)の研究では、20〜40歳代女性819名を対象にHLS-EU-Q47日本語版で調査。ヘルスリテラシーが高い群は、週1日以上の運動・スポーツ実施率が有意に高く、身体活動量との間にも正の関連が確認されました(OR=1.88)。社会的要因(仕事・育児による時間制約等)を調整した後も関連は維持され、ヘルスリテラシーは社会的制約とは独立して健康行動に影響することが示されています。
EVIDENCE 04
令和7年度(2025年度)の健康経営度調査票では、Q38-39「従業員の健康保持・増進施策に関する教育」の設問が拡充され、管理職向け・従業員向けの健康教育テーマが具体化されました。ヘルスリテラシー向上のための教育施策は、健康経営優良法人認定の実質的な評価要素となっています。
CHAPTER 04
APPROACH 01
従来の健康セミナーは「正しい知識を教える」ことに重点を置いていましたが、日本人が弱いのは「評価」と「活用」です。SNS情報の見極め方(情報源・根拠・目的の確認)、健診結果の読み方と行動への結びつけ方、確証バイアスへの理解など、判断力そのものを育てるプログラムが必要です。
APPROACH 02
睡眠セミナー、食事指導、メンタルヘルス研修、女性の健康支援──どんな施策も、受講者にヘルスリテラシーがなければ「聞いたけど、自分には関係ない」で終わります。ヘルスリテラシーは独立した施策として行うだけでなく、すべての健康施策の冒頭に「情報の見極め方」「自分の健康データの読み方」を組み込む形で統合すべきです。
APPROACH 03
令和7年度の健康経営度調査でも、管理職向けの教育テーマに「性差や年齢に配慮した職場環境づくり」が新設されました。管理職が部下の健康課題を正しく理解し、適切な情報を提供・共有できる状態を作ることが、組織全体のヘルスリテラシー底上げの最短ルートです。
EXPERT INSIGHT
法人向けの健康経営支援を続ける中で、私が最も痛感していることがあります。それは、どんなに優れた健康セミナーを開いても、ヘルスリテラシーが低い組織では効果が半減するということです。
「正しい情報を伝えれば、人は正しく行動する」──これは幻想です。情報が溢れる時代、従業員に本当に必要なのは「情報を増やす」ことではなく、「情報を見極め、自分に適用し、行動に移す力」そのものです。
ヘルスリテラシーは、独立した1つの施策として実施するものではなく、すべての健康施策を「効かせる」ためのOS(オペレーティングシステム)として捉えるべきだと考えています。OSがなければ、どんなアプリ(施策)をインストールしても動かない。まさにそれと同じ構造です。
── ウェルネスドア合同会社 代表 狩野 学
参考文献・根拠
・Sørensen K et al. (2012) "Health literacy and public health: A systematic review" BMC Public Health, 12:80(ヘルスリテラシーの統合的定義)
・Nakayama K, Osaka W, Togari T et al. (2015) "Comprehensive health literacy in Japan is lower than in Europe" BMC Public Health, 15:505(HLS-EU-Q47日本語版、日本85.4%が不足)
・Goto E, Ishikawa H, Okuhara T et al. (2022) "Associations between health literacy and presenteeism among Japanese employees: A longitudinal study" J Occup Health, 64(1):e12344(ヘルスリテラシーとプレゼンティーズムの縦断的関連)
・石﨑順子, 大久保菜穂子 (2022)「成人女性におけるヘルスリテラシーと運動・スポーツ実施状況,身体活動量との関連」日本健康教育学会誌, 30(2):115-124
・健康経営優良法人認定事務局「健康経営ガイドブック 2025年3月版」(人的資本・社会関係資本・健康風土の新概念)
・経済産業省「令和7年度 健康経営度調査票」(Q38-39ヘルスリテラシー教育の設問拡充)
・東京海上ディーアール「健康経営ガイドブック2025年3月版のポイント」(2025年5月)
・中山和弘「健康を決める力:ヘルスリテラシーを身につける」聖路加国際大学(HLS-EU-Q47日本語版の解説と日欧比較データ)
・Virtanen M et al. (2025) "Effectiveness of workplace interventions for health promotion" The Lancet Public Health, 10(6)
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