EXPERT INSIGHT ─ 禁煙支援 × 行動科学 × 健康経営
意思決定バランス × 動機づけ面接 × スモールステップ
禁煙岩盤層に対して行動科学の知見に基づく3つのアプローチを、
最新エビデンスと企業実務への活用法を交えて徹底解説します。
📊 令和6年 国民健康・栄養調査
成人喫煙率 14.8%(過去最低更新)
14.8%
成人喫煙率
過去最低
20.7%
喫煙者のうち
「やめたい」と回答
26.7%
望まない
受動喫煙
7.6兆円
プレゼンティーイズム
損失
出典:厚生労働省「令和6年 国民健康・栄養調査」/横浜市立大学(2025年)
── 喫煙率が下がるほど、残る喫煙者はより強固な層になっていく
💬 狩野 学|ウェルネスドア合同会社 代表
「健康に悪いことは分かっているのに、やめる気配がない」──企業の禁煙支援では、そんな"禁煙岩盤層"への対応に悩むことが少なくありません。令和6年(2024年)の国民健康・栄養調査によると、成人喫煙率は14.8%と過去最低を更新。しかし喫煙者のうち「やめたい」と回答した人はわずか20.7%──約8割が「やめたくない」と答えています。
加熱式たばこの使用率は男性41.4%、女性44.2%に達し、20〜30代では60〜70%が加熱式を使用。「加熱式なら安全」という誤解が広がる一方、最新研究ではがん細胞増殖促進や細胞老化誘発の可能性が報告されています。
このコラムでは、禁煙岩盤層に対して行動科学の知見に基づく3つのアプローチを、最新エビデンスと企業実務への活用法を交えて徹底解説します。
禁煙岩盤層を動かすための3つの行動科学アプローチと、
企業の禁煙施策・健康経営への実務的な活用方法を整理します。
⚖️
喫煙で「得ているもの」と「失っているもの」を整理する。説得ではなく、本人の気づきを引き出す技術です。
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「禁煙しなさい」が逆効果になる科学的メカニズムと、動機づけ面接に基づく関わり方の具体例を紹介します。
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完全禁煙を迫らない「スモールステップ」が、行動変容の入口になる理由と企業実務への活用法を解説します。
── 行動変容の出発点は「説得」より「整理」
喫煙習慣は「身体に悪いからやめるべき」という一言では動かないことが多い行動です。本人の中では、喫煙が一時的な落ち着き、休憩のきっかけ、仕事の切り替え感、人付き合いの接点として機能している場合があるからです。
一方で、その裏側では体力や回復力の低下、咳・息切れ、睡眠や集中の質への影響、出費、家族や周囲との距離など、見過ごされやすい"損失"も積み重なっています。
重要なのは、支援者が「だからやめるべき」と結論を押しつけることではありません。まずは本人が、喫煙によって自分は何を得ていると思っているのか、そして実際には何を失っているのかを、言葉にして並べてみることです。行動経済学では、人は「得られるもの」よりも「失うもの」に強く反応しやすいとされます(損失回避)。「禁煙したら健康になる」という未来の利益だけでなく、喫煙を続けることで、すでに何が削られているかを見つめ直すことにも大きな意味があります。
⚠️ こんな"見えにくい損失"があります
「落ち着く」と感じているが、実際にはニコチン切れの不快感を一時的に解消しているだけかもしれない
「休憩になる」と感じているが、吸えない場面では逆に集中が乱れやすくなっているかもしれない
「人間関係のきっかけ」と感じているが、家族や非喫煙者との距離が生まれているかもしれない
「自分の自由」と感じているが、実際には"吸わないと落ち着かない"状態に行動を縛られているかもしれない
💡 研修や面談で使いやすい問いの例
Q1. タバコを吸うことで、今の自分は何を得ていると感じますか?
Q2. その"得られているもの"は、どのくらい長続きしますか?
Q3. 一方で、吸い続けることで失っているものは何だと思いますか?
Q4. 仕事、体調、睡眠、お金、家族との関係で考えると、どこに影響が出ていますか?
Q5. タバコとの付き合い方を少し見直すとしたら、何から始められそうですか?
📝 実務メモ:ポイントは、答えを誘導しすぎないこと。支援者が期待する答えを言わせるのではなく、本人の中にある本音を引き出し整理することが目的です。
── 知識ではなく、関わり方が行動を変える
喫煙者の中には、たばこの害をまったく知らない人は多くありません。「身体に悪いことは分かっている」「家族にも言われている」「本当はやめた方がいいと思っている」という人が少なくありません。
それでも行動が変わらないのは、知識が足りないからではなく、依存、習慣、ストレス対処、環境、人間関係、失敗経験などが複雑に絡んでいるからです。
国立がん研究センターの禁煙支援解説では、支援者は「それは間違いだから直したい」と反射的に思いやすい一方、受け手は強い説得を受けるほど防御的になりやすい、と指摘されています。禁煙指導者研修の研究(加濃ほか)でも、権威的な面接では行動変容の重要度や自信度が上がりにくく、動機づけ面接的な関わりの後に権威的関わりを受けると重要度・自信度が低下したと報告されています。
2020〜2024年の科研費研究(大野ほか)では、オンラインでの動機づけ面接による禁煙支援プログラムを全国展開し、チェンジトーク(変化に向かう発言)の増加と維持トーク(現状維持の発言)の減少が確認されました。
一方、コクランレビュー(2019年)では動機づけ面接そのものの禁煙アウトカムに関するエビデンスは低確実性とされています。実務上は"反発を減らし、本人の準備性を高めるための有力な関わり方"として活用するのが適切です。
「タバコは身体に悪いんだから、もうやめましょう」
「それだけ言われてまだやめないのは問題ですよ」
「家族のためにも今すぐ禁煙すべきです」
「やる気があるなら、もうやめられるはずです」
「タバコについては、今どんなふうに考えておられますか?」
「やめたい気持ちもある一方で、今は難しい感じもあるのですね」
「もし差し支えなければ、少し情報をお伝えしてもいいですか?」
「付き合い方を少し見直すとしたら何ができそうですか?」
1. 開かれた質問を使う
「なぜやめないのですか?」ではなく、「タバコについて今はどんなふうに考えていますか?」のように、相手が自由に話せる問いにします。
2. 共感・聞き返しを入れる
「ストレスが強いと、吸いたくなる感じがあるのですね」と、まず相手の体験を受け止めます。
3. 許可を得て情報提供する
「もしよければ、禁煙外来や貼り薬のことを少しお伝えしてもいいですか?」のように、押しつけずに伝えます。
4. 小さな変化を一緒に探す
「いきなり完全禁煙でなくても、まずは吸わない時間帯をつくるとしたらどうでしょう」と、取り組みやすい一歩に落とします。
📝 実務メモ:重要なのは、言葉をやわらかくすることだけではありません。相手の選択権を奪わず、考える余地を残すことが、反発を減らす本質です。
── 一段階進むだけにも意味がある
「やめるなら、きっぱりゼロにしないと意味がない」──禁煙支援では、こう考えられがちです。もちろん、最終的な目標として禁煙を目指すことは重要です。
しかし、これまで何度も禁煙を勧められても動かなかった禁煙岩盤層に対して、最初から完全禁煙だけを求めると、かえってハードルが高くなり、「自分には無理だ」と感じさせてしまうことがあります。
行動変容理論(トランスセオレティカル・モデル)では、人が健康行動を変える過程は無関心期 → 関心期 → 準備期 → 実行期 → 維持期のように段階的に進むと考えられています。今まだ「禁煙する」と決めていない人に、いきなり実行期レベルの行動を求めても、かみ合いにくいのです。
禁煙支援では、最初の目標を「完全禁煙」だけに置くのではなく、関心を持つ、情報を受け取る、試しに変えてみるといった段階的な変化も前進として捉えることが重要です。WHOの短時間支援フレームワーク「5R's」でも、禁煙の準備が十分でない人に対してRelevance(自分との関連)・Risks(リスク)・Rewards(報酬)・Roadblocks(障壁)・Repetition(繰り返し)を整理しながら動機づけを高めていく方法が示されています。
👣 禁煙岩盤層にとっての"小さな一歩"の例
朝一番の1本を、少しだけ遅らせてみる
「仕事の合間に必ず吸う」を見直し、1回だけ別の休憩行動に変えてみる
吸いたくなる場面や時間帯を、自分で記録してみる
「吸わない場所」を一つ決めてみる
禁煙外来や補助薬の情報を、受け取るだけ受け取ってみる
「今の自分にとって禁煙がどのくらい重要か」を、0〜10点で考えてみる
📝 実務メモ:ポイントは、本人の自己効力感を傷つけないことです。「どうせできない」と感じている人にとって、最初の成功体験はとても重要です。たとえ小さなことでも、「やってみたら少しできた」という感覚は、次の行動の土台になります。これは甘い対応ではなく、行動変容を一段ずつ進めていくための、非常に現実的な支援の考え方です。
── 「やめさせる圧力」から「本人が整理できる場」の設計へ
令和7年度の健康経営度調査では、喫煙対策が引き続き評価項目に含まれています。受動喫煙防止だけでなく、喫煙者への禁煙支援の取り組みも問われる中で、「やめさせる圧力」だけでは限界があることは多くの企業が実感しているのではないでしょうか。
そこで有効なのが、"禁煙を強く迫る場"ではなく、"本人が自分の状況を整理できる場"として研修や面談を設計することです。
STEP 1
気づきの場をつくる
セミナーで「自分との関係」を考えてもらう。意思決定バランスのワークを実施。
STEP 2
選択肢を提示する
禁煙外来・補助薬・相談窓口の情報を「許可を得て」案内。押しつけない。
STEP 3
小さな目標を設定
「今月はここだけ変えてみる」という小さな一歩を本人に選んでもらう。
STEP 4
フォロー&次の一歩
事後フォローで「できたこと」を振り返り、次の段階へ進む支援を継続。
💡 職場で使いやすい問いの例
Q1. タバコは今の自分にとって、どんな役割を持っていますか?
Q2. その役割は、他の方法で少し置き換えられそうでしょうか?
Q3. やめたい気持ちが少しでもあるとしたら、どんな理由がありますか?
Q4. 吸い続けることで困っていることはありますか?
Q5. 今すぐ禁煙ではなくても、まず一歩だけ変えるなら何ができそうですか?
📝 実務メモ:このように支援の間口を広げることで、「禁煙する気はないから関係ない」と感じている人にも届きやすくなります。結果として、企業全体としての禁煙支援施策の実効性も高めやすくなります。
禁煙岩盤層への支援では、支援者が一方的に正しい答えを伝えるだけでは、
かえって抵抗を強めてしまうことがあります。だからこそ──
01
整理する
「得ているもの」と「失っているもの」を本人の視点で並べてみる
02
聴く
反発を減らし、本人が安心して本音を話せる関わり方をする
03
小さく始める
本人にとって現実的な一歩から行動変容の入口をつくる
行動を長続きさせるのは、外からの圧力よりも、本人の中で生まれた納得です。
禁煙支援の質は、伝える知識の量だけでなく、
相手が安心して本音を話せる関わり方ができるかどうかで大きく変わります。
禁煙支援の本質は、「すぐやめさせること」ではなく、
本人が"変わる理由"を自分の言葉で見つけられる状態をつくることです。
ウェルネスドアでは、単なる健康情報の提供ではなく、
"本人の行動につながる支援設計"を重視した禁煙セミナー・健康支援をご提供しています。
健康経営、世界禁煙デー施策、保険者向け支援、職場研修のご相談も可能です。
※ 相談は無料です | テーマ・時期・対象者が未定でもご相談いただけます
SUPERVISOR
狩野 学(かりの まなぶ)
ウェルネスドア合同会社 代表。約18年間フィットネス・健康分野で活動し、2018年より法人向け健康経営支援を開始。データに基づいた健康施策の効果測定と、行動変容を促すプログラム設計を専門とする。
【免責事項】本記事は、禁煙支援や行動科学に関する一般的な情報提供を目的としています。喫煙状況、依存の程度、既往歴、精神的ストレス、治療歴、職場環境などにより、適切な支援方法は異なります。禁煙治療や健康上の不安がある場合は、医療機関や専門職へご相談ください。
【主な情報源・参考文献】
・厚生労働省「令和6年 国民健康・栄養調査」(成人喫煙率14.8%・禁煙意思20.7%・加熱式たばこ使用率)
・厚生労働省「禁煙支援マニュアル」
・厚生労働省「禁煙支援マニュアル(第二版)増補改訂版」
・国立がん研究センター「動機づけ面接法を禁煙支援に活かそう」
・Cochrane「動機づけ面接は禁煙に有効か?」(2019)
・加濃正人ほか「禁煙指導者研修における動機づけ面接法の有用性について」(2010)
・大野佳子ほか「動機づけ面接法が禁煙の開始・継続に及ぼした影響」
・大野佳子ほか 科研費研究(2020-2024)「オンライン動機づけ面接による禁煙支援プログラム」
・WHO「Quarterly Journal of Economics. 1991. .jstor.org/stable/2937956" target="_blank" rel="noopener noreferrer" style="color:#0f766e;
text-decoration:none; border-bottom:1px solid #0f766e;">jstor.org/stable/2937956
・横浜市立大学・産業医科大学(2025)「メンタル不調によるプレゼンティーイズム損失の経済的影響」
・経済産業省「令和7年度 健康経営度調査」