COLUMN SERIES
転ばない職場のつくり方
厚労省データと現場実践でひもとく、企業の転倒予防 ── 狩野 学
Vol.08 職場の「転倒リスクマップ」を5分でつくる方法
2026.05.30 | 読了目安:約10分 | 著者:狩野 学(ウェルネスドア合同会社 代表)

「転倒対策をしたいが、何から手をつければいいかわからない」──安全衛生担当者から最も多く聞く悩みです。

答えはシンプルです。まず「どこで」「どのパターンで」転倒が起きているかを可視化すること。それが「転倒リスクマップ(危険マップ)」です。厚生労働省の「STOP!転倒災害プロジェクト」でも推奨されているこの手法は、見取り図・付箋・5分の3つがあれば、誰でも今日から作成できます。Vol.08では、リスクマップの作成手順から、活用方法、更新のコツまでを実務ガイドとして解説します。

危険マップで防止可能な災害
82.6%
全労災の約8割
危険箇所の明確化で予防可能
未実施率トップ
危険マップ
転倒災害発生事業場の自主点検
「見える化」が最も不足している対策
チェックリスト項目数
9項目
中災防 転倒災害防止チェックシート
すべて現場で即確認可能

1. なぜ「危険マップ」が転倒対策の出発点なのか

厚生労働省が転倒災害発生事業場に対して行った自主点検では、多くの企業において「危険マップを活用した転倒リスクの見える化」「転倒予防教育」「体操・運動」が未実施であることが判明しました。なかでも「見える化」の不足は最も深刻でした。

危険マップが必要な理由は明確です。対策の優先順位を決めるには、リスクの「場所」と「パターン」を知る必要があるからです。

❌ マップなしの対策
・ 「全社一斉に注意喚起」→ 効果が薄い
・ 予算を均等に配分 → 優先度の高い場所に集中できない
・ 「どこが危険か」が担当者の記憶頼み
・ 新入社員・異動者に伝わらない
✅ マップありの対策
・ リスクが「見える」から優先順位が明確
・ 予算を高リスク箇所に集中投下できる
・ 誰が見ても危険箇所が一目でわかる
・ 新入社員・派遣社員への安全教育に直結

2. 「5分でつくる」転倒リスクマップ ── 4ステップ

完璧なものを最初から作ろうとしないでください。まずは5分で「たたき台」を作り、全員で定期的にブラッシュアップしていくのが成功のコツです。

01
見取り図を用意する
職場の平面図を印刷。なければ手書きでOK。通路・階段・出入口・水回り・倉庫エリアがわかる程度で十分です。A3用紙1枚に収まるスケールがベスト。
02
危険箇所を洗い出す
従業員から「ヒヤリ・ハット」「過去の転倒事例」「いつも気になっている場所」を収集。安全委員会やミーティングで5分間のブレスト。付箋に1件ずつ書き出します。
03
パターン別に色分けしてプロット
Vol.05で解説した3大パターンに色を割り当て、見取り図上にプロット。
🟥 つまずき 🟧 滑り 🟦 踏み外し
一目でどのパターンがどこに集中しているか把握できます。
04
掲示して共有する
完成したマップを休憩室や掲示板に掲示。デジタル化して社内イントラに掲載するのも効果的。「見える化」は見る人がいなければ機能しません。掲示場所=全員が毎日通る場所。
KEY INSIGHT

中災防(中央労働災害防止協会)の「転倒災害防止のためのチェックシート」はわずか9項目です。通路の障害物、床の水濡れ、照度、教育、靴、危険マップ、注意標識、ポケットに手を入れない、運動──この9つをチェックするだけで、職場の転倒リスクの全体像が見えてきます。マップ作成前に、まずこの9項目を全員で確認することをお勧めします。

3. 中災防「転倒災害防止チェックシート」9項目を使いこなす

リスクマップを作成する前に、以下の9項目で職場を点検してみましょう。「いいえ」が多い項目ほど、リスクマップでの重点エリアになります。

中災防 転倒災害防止チェックシート(9項目)
通路・階段・出口に物を放置していませんか
床の水たまりや油・粉類は、その都度取り除いていますか
安全に移動できるように、十分な明るさ(照度)が確保されていますか
転倒を予防するための教育を行っていますか
作業靴は作業に適したものを選び、定期的に点検していますか
ヒヤリ・ハット情報を活用して、危険マップを作成・周知していますか
段差や滑りやすい場所に注意を促すステッカー(標識)をつけていますか
ポケットに手を入れたまま歩いていませんか
転倒災害防止のための運動を取り入れていますか
出典:中央労働災害防止協会「転倒災害防止のためのチェックシート」

4. 4S活動との連動 ── マップを「生きた文書」にするコツ

リスクマップは「作って終わり」にしてはいけません。職場環境は常に変化します。レイアウト変更、季節の変化、人員の入れ替え──これらのたびにリスクの所在も変わります。

最も効果的な更新サイクルは、4S活動(整理・整頓・清掃・清潔)との連動です。

① 毎月の安全パトロールで更新
安全衛生パトロールの際にリスクマップを持参し、新たな危険箇所の追加・改善済み箇所の削除を行う。パトロール記録とマップを連動させることで、改善の進捗が可視化されます。
② 季節の変わり目に見直し
梅雨(床の水濡れ)、冬季(凍結・乾燥による静電気)、年末(大掃除・レイアウト変更)──季節ごとにリスクの性質が変わります。最低でも年4回の見直しを推奨。
③ ヒヤリ・ハット報告と即時反映
ヒヤリ・ハットが報告されたら、その場所をマップに即追加。「報告する → マップに反映される → 対策が実施される」のサイクルが回ることで、報告のモチベーションも向上します。
④ 安全委員会での定期レビュー
安全委員会の議題に「リスクマップのレビュー」を固定枠として設定。改善済み箇所を「緑」に塗り替えることで、活動の成果が全員に見えるようになります。

5. 「作って終わり」にしない ── 成功企業の共通点

厚生労働省の「あんぜんプロジェクト」の「見える」安全活動コンクールでは、危険マップを効果的に活用している企業の事例が多数紹介されています。成功している企業に共通するのは、以下の3つのポイントです。

01
「全員参加」で作成している
安全衛生担当者だけでなく、現場の作業者全員がヒヤリ・ハットを出し合ってマップを作成。「自分たちで作った」という当事者意識が、遵守率を飛躍的に高めます。
02
「写真」を活用している
危険箇所の写真を撮影し、マップに貼り付ける。「通路の角の段差」と書くより、実際の写真を見せるほうが100倍伝わります。スマホで撮影→印刷→貼付で十分。
03
「改善済み」を見える化している
対策が完了した箇所を「赤→緑」に変更する、または「改善済み」スタンプを押す。改善の進捗が見えることで、活動のモチベーションが維持されます。

「マップを作ったら、通路の角と階段の踊り場に転倒リスクが集中していることが一目でわかった。限られた予算をどこに使うべきか、安全委員会での議論が具体的になった」

SUMMARY
この記事のポイント
✔ 全労災の82.6%は危険箇所の明確化で予防可能 ── 「見える化」が対策の出発点
✔ 転倒災害発生事業場の自主点検で「危険マップ」の未実施が最も深刻だった
✔ 作成に必要なのは「見取り図」「付箋」「5分」の3つだけ
✔ 4ステップ:見取り図を用意 → 危険箇所を洗い出し → パターン別に色分けプロット → 掲示して共有
✔ 中災防チェックシート9項目で職場の全体像を把握してからマップ作成に着手
✔ 4S活動・安全パトロール・ヒヤリハット報告と連動させて「生きた文書」に
✔ 成功企業の共通点:全員参加・写真活用・改善済みの見える化
NEXT COLUMN

次回 Vol.09 からは第3部「身体から防ぐ」に入ります。「転倒の3大要因 ── 筋力低下・バランス能力・柔軟性を数値で理解する」と題して、サルコペニア→ロコモ→フレイルの3段階と、職場での体力低下の定量評価方法を解説します。

AUTHOR
狩野学 プロフィール写真
狩野 学Manabu Karino
ウェルネスドア合同会社 代表 / NASM認定トレーナー

フィットネス・健康分野で約18年の経験を持ち、2018年より法人向け健康経営支援を開始。転倒予防セミナーの企画・登壇を多数の企業・健保組合で担当。厚生労働省の転倒等リスク評価セルフチェック票を活用した体力測定型プログラムや、正常性バイアスの解除をテーマにした科学的アプローチを得意とする。情報誌『エルダー』(独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構、2024年1月号)にて健康経営に関するインタビュー掲載。

転倒予防の研修導入・ご相談

企業の業種・年齢構成・課題に応じた転倒予防プログラムをご提案します。
オンライン・対面・動画教材いずれにも対応可能です。

お問い合わせ・ご相談はこちら