COLUMN SERIES
転ばない職場のつくり方
厚労省データと現場実践でひもとく、企業の転倒予防 ── 狩野 学
Vol.15 転倒予防を健康経営度調査に活かす ── 独自指標としての報告方法
2026.06.01 | 読了目安:約12分 | 著者:狩野 学(ウェルネスドア合同会社 代表)

Vol.13で改正安衛法による転倒防止の努力義務化を学び、Vol.14では90分で完結する研修モデルを紹介しました。Vol.15では、「取り組みをどう報告し、どう評価につなげるか」── つまり、転倒予防の成果を企業の「見える資産」に変える方法を解説します。

令和7年度(2025年度実施)の健康経営度調査では、Q50「高年齢従業員の健康や体力の状況に応じた取り組み」が新たに必須化されました。これは、Vol.10〜12で紹介した体力チェックや歩行速度測定のBefore/Afterデータが、健康経営優良法人の認定に直結する「独自KPI」として報告できることを意味します。

健康経営優良法人 認定数
23,196法人
大規模3,400+中小19,796
健康経営優良法人2025 認定実績
Q50 高年齢従業員への対策
必須
令和7年度調査から新規追加
経済産業省 健康経営度調査 2025
KGI→KPI→検証 一体化
100社100様
独自の推進方針が高評価に
第3回健康経営推進検討会 方針

1. 健康経営度調査と転倒予防の接点 ── Q50の必須化が意味すること

健康経営度調査とは、経済産業省が実施する企業の健康経営の取組状況を評価する調査です。この調査への回答が「健康経営銘柄」の選定および「健康経営優良法人(大規模法人部門)」の認定の基礎情報となります。

🔴 令和7年度の重要変更:Q50の必須化
「高年齢従業員の健康や体力の状況に応じた取り組み」が、令和7年度(健康経営優良法人2026)から評価項目として新たに追加されました。大規模法人では選択要件として、中小規模法人部門でも「性差・年齢に配慮した職場づくり」カテゴリの評価項目として位置づけられています。
✅ 転倒予防はQ50の最適解
Q50が求める「高年齢従業員の健康や体力の状況に応じた具体的な取り組み」として、Vol.10〜12の体力チェック+Vol.11のエクササイズプログラム+Vol.14の90分研修は、そのまま報告できる実績になります。しかも、2026年4月施行の改正安衛法への対応実績としても記載可能です。

さらに、令和7年度調査では「100社100様」── 各社が独自の推進方針・KGI・KPIを設定し、自社にとって本質的な健康経営を追求することが重視されています(第3回健康経営推進検討会)。転倒予防の体力チェックデータは、まさにこの「独自指標」として最適なのです。

2. 転倒予防データを「独自KPI」に設計する方法

健康経営度調査のQ17では、「推進方針」「目標」「KGI(重要目標指標)」の記載が求められます。Q33ではKGI達成に向けたKPI(進捗指標)と施策の紐づけが問われます。このKGI→KPI→施策→検証の一貫したストーリーに、転倒予防データを組み込みます。

転倒予防 × 健康経営 KGI/KPI設計例
KGI 転倒労災ゼロ+体力年齢の維持・改善
「転倒労災の発生件数をゼロに維持する」「従業員の体力チェック平均値を前年度以上に維持する」を最終目標として設定
KPI① 体力チェック5項目の平均スコア改善率
Vol.10の5項目(2ステップテスト、座位ステッピング、ファンクショナルリーチ、閉眼片足立ち、開眼片足立ち)のBefore/After比較。「3ヶ月後に参加者の平均スコアが10%以上改善」を目標値に設定
KPI② 5m歩行速度の維持率
Vol.12の5m歩行テストで「1.0m/s以上を維持している従業員の割合」を追跡。「対象者の95%以上が1.0m/s以上を維持」を目標値に設定
KPI③ 転倒予防研修の参加率
Vol.14の90分研修への参加率。「対象従業員の80%以上が年1回受講」を目標値に設定。これはQ38-39(従業員教育)の回答にも使用可能
KPI④ エクササイズ継続率
Vol.11の5種目を「3ヶ月後も週3回以上実施している従業員の割合」で追跡。「参加者の60%以上が継続」を目標値に設定。厚労省研究の78%をベンチマークとして活用
KEY INSIGHT

令和7年度の健康経営度調査では、KGI→KPI→施策→効果検証が一本のストーリーとして接続されているかが評価の鍵です(Q17→Q33→Q73の連動)。転倒予防プログラムは「体力チェック(Before)→ 研修・エクササイズ介入 → 再測定(After)→ 改善率の報告」という完璧なPDCAサイクルを内蔵しており、調査票の要求にそのまま対応できます。

3. 調査票のどこに何を書くか ── 転倒予防データの記載マップ

転倒予防の取り組みは、健康経営度調査の複数の設問に横断的に記載できるのが強みです。1つの取り組みで複数の評価項目をカバーできるため、投資対効果が極めて高いのです。

転倒予防データ × 調査票設問 対応表
Q17 推進方針・KGI
記載内容:「高年齢労働者の転倒防止を含む身体機能維持を健康経営の重点施策に位置づけ、体力チェックの定量データに基づくPDCAを実施」
Q33 KPI設定と施策の紐づけ
記載内容:体力チェック改善率・歩行速度維持率・研修参加率・エクササイズ継続率の4指標と、各指標に対応する施策(体力測定会、転倒予防研修、30分ブレイク運動)
Q38-39 管理職・従業員への教育
記載内容:管理職向け「性差や年齢に配慮した職場環境づくり」(令和7年度新設項目)、従業員向け「将来的な健康・体力低下の予防」(令和7年度新設項目)── いずれも転倒予防研修で直接カバー
Q50 ★ 高年齢従業員の健康課題への取り組み
記載内容:体力チェック5項目の実施、5m歩行テスト、転倒予防エクササイズプログラムの提供、改正安衛法に基づく指針への対応状況 ── 本連載の第3部・第4部がそのまま実績に
Q73 効果検証・改善状況
記載内容:体力チェックのBefore/Afterデータ(3ヶ月間の改善率)、歩行速度の変化、転倒ヒヤリハット件数の推移 ── 定量的な効果検証として最も説得力のあるデータ

4. Before/Afterデータの作り方 ── 報告に使える形にする

健康経営度調査で高い評価を得るためには、「やりました」ではなく「これだけ改善しました」を数字で示すことが求められます。以下の4ステップで、報告用のBefore/Afterデータを作成します。

STEP 1 ── Before測定
研修前に体力チェックを実施
Vol.10の5項目+Vol.12の5m歩行テスト。参加者全員の数値を記録。同時に自己評価シートも記入させ、「ギャップ」も記録しておく。
STEP 2 ── 3ヶ月間の介入
エクササイズプログラムの継続
Vol.11の5種目を30分ブレイクに組み込む。月1回の「ミニチェック」(片足立ち30秒だけ再測定)で継続モチベーションを維持。
STEP 3 ── After測定
3ヶ月後に同じ項目を再測定
同一条件で6項目を再測定。Before値との差分を算出。「改善率=(After-Before)÷Before×100」で数値化。
STEP 4 ── レポート作成
調査票に記載できる形式にまとめる
「参加者N名、平均年齢X歳、体力チェック平均スコアY%改善、歩行速度Z%維持」── この1行が調査票Q73の効果検証として記載できる。

5. 中小企業でも使える ── 健康経営優良法人(中小規模法人部門)への活用

健康経営優良法人は大規模法人部門だけのものではありません。中小規模法人部門でも、転倒予防の取り組みは複数の認定要件をカバーできます。

中小規模法人部門 認定要件への対応
要件⑩ 高年齢従業員の健康や体力の状況に応じた取り組み(令和7年度新設)
→ 転倒予防研修+体力チェックの実施がそのまま該当。中小企業では10名規模でも実施可能。
要件④ 管理職または従業員に対する教育機会の設定
→ 90分転倒予防研修の実施が該当。外部講師招聘費用はエイジフレンドリー補助金の対象にもなり得る。
要件⑬ 運動機会の増進に向けた取り組み
→ 30分ブレイク+転倒予防エクササイズの日常導入が該当。「職場体操」として位置づければ、コストゼロで実施可能。

令和7年度から中小規模法人部門の選択要件は「17項目中8項目以上」に引き上げられました。転倒予防の取り組み1つで3要件(⑩+④+⑬)をカバーできれば、認定のハードルは大幅に下がります。

SUMMARY
この記事のポイント
✔ 令和7年度調査でQ50「高年齢従業員への取り組み」が必須化 ── 転倒予防が直接対応
✔ 「100社100様」の方針のもと、独自のKGI/KPI設定が高評価に ── 体力チェックデータが最適
✔ KGI→KPI→施策→効果検証の一貫ストーリーを調査票に記載できる
✔ Q17(推進方針)・Q33(KPI)・Q38-39(教育)・Q50(高年齢者)・Q73(効果検証)の5設問を横断カバー
✔ Before/After 4ステップ:事前測定→3ヶ月介入→再測定→レポート作成
✔ 中小規模法人部門でも要件⑩+④+⑬の3要件を1つの取り組みでカバー可能
✔ 選択要件が「17項目中8項目以上」に引き上げ ── 転倒予防で3要件カバーは大きなアドバンテージ
✔ 改正安衛法への対応実績としても記載でき、法令遵守と健康経営を同時に達成
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いよいよ最終回。Vol.16 では、「『転ばない職場』は採用力になる ── 安全文化と人的資本経営の接点」を解説します。転倒予防への取り組みが、求職者に「この会社は社員を大切にしている」と伝わるブランディング戦略。エイジフレンドリー補助金・安全配慮義務・人的資本経営の3つの視点から、全16回の連載を締めくくります。

AUTHOR
狩野学 プロフィール写真
狩野 学Manabu Karino
ウェルネスドア合同会社 代表 / NASM認定トレーナー

フィットネス・健康分野で約18年の経験を持ち、2018年より法人向け健康経営支援を開始。転倒予防セミナーの企画・登壇を多数の企業・健保組合で担当。厚生労働省の転倒等リスク評価セルフチェック票を活用した体力測定型プログラムや、正常性バイアスの解除をテーマにした科学的アプローチを得意とする。情報誌『エルダー』(独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構、2024年1月号)にて健康経営に関するインタビュー掲載。

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