Vol.01〜08では、転倒災害の全体像、心理的バイアス、パターン別対策、環境の見える化までを解説してきました。ここからの第3部「身体から防ぐ」では、転倒しない身体をどう維持するかに焦点を当てます。
転倒の身体的要因は大きく「筋力低下」「バランス能力の低下」「柔軟性の低下」の3つです。そしてこの3つが連鎖的に進行すると、サルコペニア→ロコモ→フレイルという「転倒リスクの3段階」に至ります。Vol.09では、3つの要因を数値で理解し、自分の身体がどの段階にあるのかを知る方法を解説します。
Vol.05で解説した「つまずき・滑り・踏み外し」は、転倒の環境側のパターンでした。一方、同じ環境にいても転ぶ人と転ばない人がいます。その差を生み出しているのが、身体側の3大要因です。
重要なのは、この3つが独立ではなく連鎖的に低下するという点です。筋力が低下すると活動量が減り、活動量が減るとバランス能力が低下し、バランスが不安定になると身体を動かす範囲が狭くなり柔軟性も低下する──この悪循環が、転倒リスクを加速度的に高めます。
「年を取れば体力が落ちる」ことは誰もが知っています。しかし、「どの機能が」「どのくらいの速度で」低下するかを数値で把握している人はほとんどいません。
京都大学の研究(福元ら, 2009)が明らかにしたのは、下肢の中で最も低下が大きいのは「股関節伸展筋」だという事実です。80歳代女性では若年者のわずか33%にまで低下します。股関節伸展筋は歩行の推進力を生み出す筋肉であり、この低下が歩幅の短縮、歩行速度の低下、そして転倒リスクの上昇に直結します。
筋力・バランス・柔軟性の低下が進行すると、3つの段階を経て転倒リスクが深刻化していきます。重要なのは、これらは「高齢者だけの問題」ではないという点です。ロコモ予備軍は40代から4,700万人と推計されています。
この3段階の関係を簡潔にまとめると、「筋肉が減る(サルコペニア)→ 動けなくなる(ロコモ)→ 全身が弱る(フレイル)」です。しかしフレイルには重要な特性があります。それは「可逆性」──適切な運動と栄養の介入で、フレイルから健常な状態に戻ることが可能だという点です。
厚生労働省が「エイジフレンドリーガイドライン」の別添として公開している「転倒等リスク評価セルフチェック票」は、実測値(身体機能計測)と自己認識(質問票)のギャップをレーダーチャートで可視化する優れたツールです。
私のセミナーでは、このチェック票をベースにした体力測定を必ず実施しています。最も衝撃を与えるのは、「自己評価(赤枠)が実測値(黒枠)よりも大きい」パターン──つまり「自分が思っているよりも身体機能が衰えている」状態です。Vol.02で解説した正常性バイアスが、ここでもはっきりと現れます。
サルコペニア・ロコモ・フレイルに共通する予防の柱は、「レジスタンス運動(筋力トレーニング)」と「タンパク質を中心とした栄養摂取」の組み合わせです。単独介入よりも複合介入のほうが、筋肉量回復効果が約1.5倍高いことが示されています。
次回 Vol.10 では、「片足立ちテストでわかる『転びやすさ』」を解説します。厚労省推奨の体力チェック5項目を実際にやってみて、自分の身体機能を数値で把握する実践ガイドです。
フィットネス・健康分野で約18年の経験を持ち、2018年より法人向け健康経営支援を開始。転倒予防セミナーの企画・登壇を多数の企業・健保組合で担当。厚生労働省の転倒等リスク評価セルフチェック票を活用した体力測定型プログラムや、正常性バイアスの解除をテーマにした科学的アプローチを得意とする。情報誌『エルダー』(独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構、2024年1月号)にて健康経営に関するインタビュー掲載。