COLUMN SERIES
転ばない職場のつくり方
厚労省データと現場実践でひもとく、企業の転倒予防 ── 狩野 学
Vol.09 転倒の3大身体要因 ── 筋力低下・バランス能力・柔軟性を数値で理解する
2026.05.31 | 読了目安:約10分 | 著者:狩野 学(ウェルネスドア合同会社 代表)

Vol.01〜08では、転倒災害の全体像、心理的バイアス、パターン別対策、環境の見える化までを解説してきました。ここからの第3部「身体から防ぐ」では、転倒しない身体をどう維持するかに焦点を当てます。

転倒の身体的要因は大きく「筋力低下」「バランス能力の低下」「柔軟性の低下」の3つです。そしてこの3つが連鎖的に進行すると、サルコペニア→ロコモ→フレイルという「転倒リスクの3段階」に至ります。Vol.09では、3つの要因を数値で理解し、自分の身体がどの段階にあるのかを知る方法を解説します。

下肢筋力の加齢低下
年2%
50歳以降の低下速度
80歳代では20歳代の約1/2〜1/3に
ロコモ予備軍
4,700万人
40代からの予備軍を含む
日本整形外科学会推計
要介護の原因 運動器疾患
1
骨折・転倒+関節疾患 合算
厚生労働省 国民生活基礎調査

1. 転倒の3大身体要因 ── 筋力・バランス・柔軟性

Vol.05で解説した「つまずき・滑り・踏み外し」は、転倒の環境側のパターンでした。一方、同じ環境にいても転ぶ人と転ばない人がいます。その差を生み出しているのが、身体側の3大要因です。

🦵 筋力(特に下肢)
つまずいた瞬間に「もう片方の足」を踏み出す力。滑りかけた瞬間に「踏みとどまる」力。すべての転倒回避動作の土台となるのが、下肢の筋力です。特に大腿四頭筋(太もも前面)と下腿三頭筋(ふくらはぎ)が重要。
⚖️ バランス能力
片足立ちの保持、歩行中の姿勢制御、方向転換時の安定性──すべてバランス能力が支えています。バランス能力は筋力以上に加齢で低下しやすく、80歳代では60歳代の約半分にまで低下します。
🧘 柔軟性
足首の可動域が狭いと段差への対応力が落ちます。股関節が硬いと歩幅が狭くなり、つまずきやすくなります。柔軟性は「転倒回避の可動範囲」を決める要因です。特にアキレス腱と股関節が重要。

重要なのは、この3つが独立ではなく連鎖的に低下するという点です。筋力が低下すると活動量が減り、活動量が減るとバランス能力が低下し、バランスが不安定になると身体を動かす範囲が狭くなり柔軟性も低下する──この悪循環が、転倒リスクを加速度的に高めます。

2. 数値で見る ── 加齢による身体機能の低下速度

「年を取れば体力が落ちる」ことは誰もが知っています。しかし、「どの機能が」「どのくらいの速度で」低下するかを数値で把握している人はほとんどいません。

加齢による身体機能の低下データ
筋力 50歳以降、年間約1〜2%低下。80歳代では20歳代の約55〜60%に。
特に股関節伸展筋は最も低下が大きく、若年者の約33%にまで低下(京都大学・福元ら, 2009)
瞬発力 50歳以降、年間約2〜3%低下。筋力よりも速いペースで低下。
70歳で若年者の約65%、80歳以上で約45%に(Goodpaster et al., 2006)
バランス 開眼片足立ち:80歳代は60歳代の約49%に低下。
定期的に体操教室に通っている女性でも加齢低下は認められる(津山ら, 2023)
足趾筋力 80歳代は60歳代の約65%に低下。膝伸展筋力より低下が顕著。
地面を「つかむ」力の低下は滑りへの対応力を直接低下させる(津山ら, 2023)
柔軟性 長座体前屈:60歳代以降で低下が加速。足首可動域の減少が歩幅短縮に直結。
スポーツ庁 令和6年度体力・運動能力調査
KEY INSIGHT

京都大学の研究(福元ら, 2009)が明らかにしたのは、下肢の中で最も低下が大きいのは「股関節伸展筋」だという事実です。80歳代女性では若年者のわずか33%にまで低下します。股関節伸展筋は歩行の推進力を生み出す筋肉であり、この低下が歩幅の短縮、歩行速度の低下、そして転倒リスクの上昇に直結します。

3. サルコペニア → ロコモ → フレイル ── 転倒リスクの3段階

筋力・バランス・柔軟性の低下が進行すると、3つの段階を経て転倒リスクが深刻化していきます。重要なのは、これらは「高齢者だけの問題」ではないという点です。ロコモ予備軍は40代から4,700万人と推計されています。

STAGE 1
サルコペニア
定義:加齢により筋肉量が減少し、筋力・身体機能が低下した状態。
診断基準:握力 男性28kg未満/女性18kg未満、歩行速度1.0m/秒未満(AWGS2019)
転倒との関連:つまずいた瞬間の回復動作が遅れる。踏みとどまる力が不足。
STAGE 2
ロコモ
定義:運動器(骨・関節・筋肉・神経)の障害により移動機能が低下した状態。
診断基準:ロコモ25質問票7点以上、40cm台から片脚で立てない(ロコモ度1)
転倒との関連:歩行能力の低下、階段昇降の困難、日常動作での転倒リスク増大。
STAGE 3
フレイル
定義:心身の活力が低下し、ストレスへの抵抗力が弱まった状態。身体・精神・社会の3側面。
診断基準:J-CHS基準5項目中3項目以上該当(体重減少・疲労感・活動低下・歩行速度・握力)
転倒との関連:転倒・骨折・入院のリスクが健常者の2〜3倍に上昇。

この3段階の関係を簡潔にまとめると、「筋肉が減る(サルコペニア)→ 動けなくなる(ロコモ)→ 全身が弱る(フレイル)」です。しかしフレイルには重要な特性があります。それは「可逆性」──適切な運動と栄養の介入で、フレイルから健常な状態に戻ることが可能だという点です。

4. 厚労省「転倒等リスク評価セルフチェック票」── 5項目で自分を知る

厚生労働省が「エイジフレンドリーガイドライン」の別添として公開している「転倒等リスク評価セルフチェック票」は、実測値(身体機能計測)と自己認識(質問票)のギャップをレーダーチャートで可視化する優れたツールです。

身体機能計測 5項目
❶ 2ステップテスト(歩行能力・筋力)
大股2歩の距離÷身長。1.25未満で注意、1.24以下で要注意。
❷ 座位ステッピングテスト(敏捷性)
20秒間の足踏み回数。24回以下で要注意。つまずき後の回復動作の速さを反映。
❸ ファンクショナルリーチ(動的バランス)
立位で前方にどれだけ手を伸ばせるか。19cm以下で転倒リスクが有意に上昇。
❹ 閉眼片足立ち(静的バランス・閉眼)
目を閉じて片足立ちの保持時間。7秒以下で要注意。視覚に頼らないバランスの指標。
❺ 開眼片足立ち(静的バランス・開眼)
目を開けて片足立ちの保持時間。15秒以下で要注意。最も簡便な転倒リスク指標。

私のセミナーでは、このチェック票をベースにした体力測定を必ず実施しています。最も衝撃を与えるのは、「自己評価(赤枠)が実測値(黒枠)よりも大きい」パターン──つまり「自分が思っているよりも身体機能が衰えている」状態です。Vol.02で解説した正常性バイアスが、ここでもはっきりと現れます。

5. 予防の処方箋 ── 運動+栄養の複合介入が鍵

サルコペニア・ロコモ・フレイルに共通する予防の柱は、「レジスタンス運動(筋力トレーニング)」と「タンパク質を中心とした栄養摂取」の組み合わせです。単独介入よりも複合介入のほうが、筋肉量回復効果が約1.5倍高いことが示されています。

🏋️ 運動:レジスタンス運動+バランス訓練
スクワット、片脚立ち、かかと上げの3種目が基本。週2〜3回、1回15分程度で効果あり。次回Vol.10で詳しく解説します。
🍗 栄養:タンパク質+ビタミンD
体重1kgあたり1.0〜1.2gのタンパク質摂取が推奨。60kgの人なら60〜72g/日。ビタミンDは筋肉の合成に不可欠で、日光浴+食事で確保。
SUMMARY
この記事のポイント
✔ 転倒の3大身体要因は「筋力低下」「バランス能力の低下」「柔軟性の低下」
✔ 3要因は独立ではなく連鎖的に低下する悪循環を形成
✔ 下肢筋力は50歳以降年間約1〜2%低下、80歳代で20歳代の約1/2〜1/3に
✔ 最も低下が大きいのは股関節伸展筋(若年者の約33%にまで低下)
✔ サルコペニア→ロコモ→フレイルの3段階で転倒リスクが深刻化
✔ ロコモ予備軍は40代から4,700万人 ── 高齢者だけの問題ではない
✔ フレイルは「可逆的」── 運動+栄養の複合介入で健常に戻れる
✔ 厚労省「転倒等リスク評価セルフチェック票」で自己認識と実測のギャップを可視化
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次回 Vol.10 では、「片足立ちテストでわかる『転びやすさ』」を解説します。厚労省推奨の体力チェック5項目を実際にやってみて、自分の身体機能を数値で把握する実践ガイドです。

AUTHOR
狩野学 プロフィール写真
狩野 学Manabu Karino
ウェルネスドア合同会社 代表 / NASM認定トレーナー

フィットネス・健康分野で約18年の経験を持ち、2018年より法人向け健康経営支援を開始。転倒予防セミナーの企画・登壇を多数の企業・健保組合で担当。厚生労働省の転倒等リスク評価セルフチェック票を活用した体力測定型プログラムや、正常性バイアスの解除をテーマにした科学的アプローチを得意とする。情報誌『エルダー』(独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構、2024年1月号)にて健康経営に関するインタビュー掲載。

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