COLUMN SERIES
転ばない職場のつくり方
厚労省データと現場実践でひもとく、企業の転倒予防 ── 狩野 学
Vol.10 片足立ちテストでわかる「転びやすさ」── 厚労省推奨5つの体力チェック
2026.05.31 | 読了目安:約10分 | 著者:狩野 学(ウェルネスドア合同会社 代表)

Vol.09では、転倒の3大身体要因(筋力・バランス・柔軟性)とサルコペニア→ロコモ→フレイルの3段階を解説しました。今回のVol.10では、「自分の身体がどの段階にあるのか」を実際に測定する方法を解説します。

厚生労働省がエイジフレンドリーガイドラインの別添として公開している「転倒等リスク評価セルフチェック票」の身体機能計測5項目を、やり方・判定基準・転倒リスクとの関連まで完全解説します。特別な器具は不要。職場で今日からできるセルフチェックです。

転倒ハイリスク基準
5秒以下
開眼片足立ち保持時間
Vellas et al., 1997
運動器不安定症 基準
15秒未満
開眼片足立ち保持時間
日本整形外科学会 診断基準
ファンクショナルリーチ 要注意
19cm以下
動的バランスの低下
転倒リスクが有意に上昇

1. 「転倒等リスク評価セルフチェック票」の全体像

このチェック票は、Ⅰ 身体機能計測(5項目)Ⅱ 質問票(9問)の2部構成で、結果をレーダーチャートに転記して「実測値(黒枠)」と「自己認識(赤枠)」のギャップを可視化します。

最も重要なのは「黒枠<赤枠」のパターン──つまり「自分が思っているより身体機能が衰えている」状態です。この状態の人は、とっさの行動時に身体が思い通りに反応せず、転倒リスクが最も高くなります。

✅ パターンA:黒枠 ≧ 赤枠
身体機能を自分で正確に把握できている状態。とっさの行動でも身体が思い通りに反応する。理想的なパターンです。
⚠️ パターンB:黒枠 < 赤枠
身体機能が自分の認識以上に衰えている状態。正常性バイアス(Vol.02参照)が強く働いており、転倒リスクが最も高い。枠の差が大きいほど危険度が高い。

2. 身体機能計測5項目 ── やり方・判定基準・転倒との関連

❶ 歩行能力・筋力
2ステップテスト
やり方:できるだけ大股で2歩歩き、その距離(cm)を身長(cm)で割る。
計算式:2歩の距離 ÷ 身長 = 2ステップ値
判定基準(5段階)
評価1(要注意):〜1.24 | 評価2:1.25〜1.38 | 評価3:1.39〜1.46 | 評価4:1.47〜1.65 | 評価5(良好):1.66〜
💡 歩幅が狭い=下肢の筋力と股関節の可動域が低下。Vol.09で解説した「股関節伸展筋」の衰えが直接反映されます。
❷ 敏捷性
座位ステッピングテスト
やり方:椅子に座り、20秒間で足踏みを何回できるかを数える。
ポイント:つまずいた瞬間の「もう片方の足を踏み出す速さ」を反映する指標。
判定基準(5段階)
評価1(要注意):〜24回 | 評価2:25〜28回 | 評価3:29〜43回 | 評価4:44〜47回 | 評価5(良好):48回〜
💡 Vol.06で解説した「マルチタスク歩行」の危険性は、この敏捷性が低い人ほど深刻になります。
❸ 動的バランス
ファンクショナルリーチ
やり方:壁の横に立ち、腕を水平に上げた状態から、足を動かさずにどれだけ前方に手を伸ばせるかを測定(cm)。
ポイント:前方への重心移動の限界を測定。「手を伸ばす」ときの体幹・下肢の協調性。
判定基準(5段階)
評価1(要注意):〜19cm | 評価2:20〜29cm | 評価3:30〜35cm | 評価4:36〜39cm | 評価5(良好):40cm〜
💡 19cm以下は転倒リスクが有意に上昇するカットオフ値。棚の上のものを取る動作でバランスを崩しやすい人は要注意。
❹ 静的バランス(閉眼)
閉眼片足立ちテスト
やり方:両手を腰に当て、目を閉じて片足立ち。保持時間を測定。
ポイント:視覚に頼らないバランス能力。前庭機能と体性感覚の評価。60歳以上の90%以上が30秒未満。
判定基準(5段階)
評価1(要注意):〜7秒 | 評価2:7.1〜17秒 | 評価3:17.1〜55秒 | 評価4:55.1〜90秒 | 評価5(良好):90.1秒〜
💡 閉眼での測定は転倒リスクがあるため、必ず壁際や支えられる人がいる状態で実施してください。
❺ 静的バランス(開眼)
開眼片足立ちテスト
やり方:両手を腰に当て、目を開けて片足立ち。保持時間を測定(最長120秒)。
ポイント:最も簡便で信頼性の高い転倒リスク指標。特別な器具不要で誰でも実施可能。
判定基準(5段階)
評価1(要注意):〜15秒 | 評価2:15.1〜30秒 | 評価3:30.1〜84秒 | 評価4:84.1〜120秒 | 評価5(良好):120.1秒〜
💡 5秒以下=転倒ハイリスク(Vellas et al., 1997)、15秒未満=運動器不安定症の診断基準の1つ(日本整形外科学会)。
KEY INSIGHT

開眼片足立ちの年齢別平均値は、65〜69歳:約80秒、70〜74歳:約71秒、75〜79歳:約57秒です(スポーツ庁 体力・運動能力調査)。しかし私のセミナーで実測すると、50代のオフィスワーカーでも15秒未満の方が約2〜3割います。デスクワーク中心の生活は、加齢以上にバランス能力を低下させている可能性があります。

3. 開眼片足立ちの年齢別平均値 ── あなたは同世代と比べてどうか

スポーツ庁「体力・運動能力調査」および厚生労働省「介護予防マニュアル」のデータをもとに、年齢別の目安をまとめました。

開眼片足立ち 年齢別目安
年代 目安 ポイント
20代 60秒以上 基準値。ほとんどの人が上限まで保持可能
40代 40秒以上 閉眼での低下が顕著に始まる年代
50代 30秒以上 運動習慣の有無で大きな個人差が出始める
60代 20秒前後 急激に低下する年代。定期測定の開始推奨
70代前半 約14秒 15秒未満で運動器不安定症の基準に該当
80代 約10秒 90%以上が30秒未満。閉眼では測定不能者多数
出典:スポーツ庁 体力・運動能力調査、厚生労働省 介護予防マニュアル第4版、Bohannon et al., 1984

4. 研修で体力チェックを実施するときの3つのコツ

私のセミナーでは、この5項目のうち特に「開眼片足立ち」と「2ステップテスト」を必ず実施しています。現場で効果的に実施するためのコツを3つ共有します。

01
「予測→実測」の順序で行う
まず「自分は何秒くらいできると思いますか?」と予測させてから実測。予測と実測のギャップが大きいほど、正常性バイアスへの気づきが深まります。
02
全員同時にやらない
片足立ちは転倒リスクがあるため、必ず壁際で実施し、隣の人と十分な間隔を確保。2〜3人ずつのグループで交互に測定・サポートする形式が安全です。
03
数値を「見せる」ことが目的
目的は「優劣をつける」ことではなく、「自分の身体の現在地を数値で知る」こと。結果は個人で保管し、半年後の再測定で改善を確認する設計がベスト。

5. 「数値で知る」ことが行動変容の起点になる

「転倒に気をつけましょう」という注意喚起は、Vol.01で述べた通り効果が限定的です。しかし「あなたの片足立ちは12秒で、同世代平均の40秒を大きく下回っています」と伝えると、行動が変わります。

体力チェックの最大の価値は、「自分の身体を数値で知ること」が、運動を始める最も強い動機になるという点です。次回Vol.11では、この体力チェックの結果をもとに、「1日3分でできる転倒予防エクササイズ」を具体的に解説します。

SUMMARY
この記事のポイント
✔ 厚労省「転倒等リスク評価セルフチェック票」は身体機能計測5項目+質問票9問の2部構成
✔ 5項目:2ステップテスト、座位ステッピング、ファンクショナルリーチ、閉眼片足立ち、開眼片足立ち
✔ 開眼片足立ち5秒以下=転倒ハイリスク(Vellas et al., 1997)
✔ 開眼片足立ち15秒未満=運動器不安定症の診断基準(日本整形外科学会)
✔ ファンクショナルリーチ19cm以下=転倒リスクが有意に上昇
✔ 最重要は「黒枠<赤枠」パターン ── 自分が思っているより衰えている状態
✔ 50代デスクワーカーでも開眼片足立ち15秒未満が約2〜3割
✔ 「数値で知る」ことが運動を始める最も強い動機になる
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次回 Vol.11 では、「1日3分でできる転倒予防エクササイズ ── デスクワーカー編」を解説します。スクワット2種+バランストレーニングで、今日の体力チェック結果を改善するための具体的なメニューをお伝えします。

AUTHOR
狩野学 プロフィール写真
狩野 学Manabu Karino
ウェルネスドア合同会社 代表 / NASM認定トレーナー

フィットネス・健康分野で約18年の経験を持ち、2018年より法人向け健康経営支援を開始。転倒予防セミナーの企画・登壇を多数の企業・健保組合で担当。厚生労働省の転倒等リスク評価セルフチェック票を活用した体力測定型プログラムや、正常性バイアスの解除をテーマにした科学的アプローチを得意とする。情報誌『エルダー』(独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構、2024年1月号)にて健康経営に関するインタビュー掲載。

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