Expert Insight ― 対話と気づきのコラム
─ 企業と自治体、すでに重なっている「届けたい相手」─
📌 この記事でわかること
自治体の職員向け健康支援を行ったとき、終了後に担当の方からこう聞かれたことがあります。
「今日の内容って、職員だけじゃなくて、住民向けの講座にも応用できますか?」
正直に言えば、私は住民向けの健康事業を直接手がけたことはありません。ですから、「そのまま使えます」とは答えられませんでした。
でも、帰りの電車の中で一つのことが引っかかりました。
その職員の方が担当している住民は、平日は企業で働いている。つまり、私が企業向けに届けている健康施策の「受け手」と、自治体が届けたい「住民」は、同じ人なのではないか。
届ける側は「企業」と「自治体」で分かれている。でも、届けたい相手はすでに重なっている。
この気づきが、このコラムの出発点です。
2026年3月、経済産業省は「健康経営優良法人2026」として合計26,850法人を認定しました。前年から3,654法人の増加で、過去最多を更新しています。
26,850社と言われてもピンとこないかもしれません。日本の市区町村数は約1,741。単純に割れば、1自治体あたり平均15社以上の健康経営認定企業がある計算になります。
つまり、あなたの地域にも、「健康施策の設計・実行・評価」のサイクルを回している企業が複数存在している可能性が高い。
私が企業支援の現場で実感するのは、企業は「健康講座の開催」だけでなく、「参加率をどう上げるか」「どの層に届いていないか」「次のテーマをどう選ぶか」まで考えているということです。
この蓄積は、企業の中に閉じている必要はない。地域の健康づくりに活かせる「見えにくい資源」として、自治体の事業設計と接続できるのではないかと考えています。
📊 エビデンス
健康経営優良法人2026の認定数は、大規模法人部門3,765法人(前年比+365)、中小規模法人部門23,085法人(前年比+3,289)。中小規模法人部門の伸び率は+16.6%と特に大きく、大企業だけでなく地域の中小企業にまで裾野が広がっています。
出典:経済産業省「健康経営優良法人2026認定法人が決定しました」(2026年3月9日)
厚生労働省は「地域・職域連携推進ガイドライン」を策定し、都道府県には地域・職域連携推進協議会が設置されています。制度としての枠組みは、すでに存在しています。
その中で、私が特に注目した事例があります。
📍 事例:福島県桑折町のウォーキングチャレンジ
福島県桑折町では、県の地域・職域連携事業としてウォーキングチャレンジが実施されました。注目すべきは、県事業が終了した後も、町の独自事業として継続されているという点です。
「補助金が切れたら終わり」ではなく、地域の中で自走できる仕組みに変わった。これは、連携事業の「成功」を測る上で、最も重要な指標だと感じます。
企業の健康経営でも、まったく同じ課題があります。「今年は予算がついたから健康セミナーをやった。でも来年は予算がつかないかもしれない」。この繰り返しでは、施策の積み上げが生まれません。
私が企業向けに提案している「年間施策設計」は、この問題を解決するための考え方です。単発のイベントではなく、前年度の結果を踏まえて次年度のテーマを設計する。桑折町のウォーキングチャレンジが「続いている」のは、この「自走する設計」が機能したからではないかと、企業支援の経験から感じます。
他にも、宮城県仙台市の産学官連携による健康づくりイベントや、福島県の健康増進計画への地域・職域連携の明記など、自治体と企業の接続は各地で始まっています。
📊 エビデンス
地域・職域連携推進ガイドライン(令和元年9月改訂)では、「協議会の開催に留まることなく、具体的な取組の実施にまでつなげていくこと」が改訂の重点に位置づけられました。また、「実行」を重視した柔軟なPDCAサイクルに基づく事業展開が求められています。
出典:厚生労働省「地域・職域連携推進ガイドライン」(令和元年9月改訂)/厚生労働省「地域・職域連携のポータルサイト」取組事例一覧
コラム①では、企業の施策設計の「原則」(対象者の特定、年間設計、評価指標)をご紹介しました。ここでは視点を変えて、企業と自治体の事業を「どう接続するか」という方法に焦点を当てます。
方法 ❶
「届けたい相手」が重なっていることを認識する
企業の健康施策は「従業員」に届けるものです。自治体の健康事業は「住民」に届けるものです。しかし、従業員は帰宅すれば住民であり、住民は出勤すれば従業員です。
企業の中で「睡眠の質を改善したい」と回答した従業員は、自治体の視点では「睡眠課題を抱えた住民」でもあります。企業の受講者アンケートは、ある意味で「住民のニーズ調査」でもあるのです。
当社では5,139件の受講者アンケートから「次に聞きたいテーマ」を蓄積しています。食事・栄養21.3%、運動・ストレッチ15.4%、メンタルヘルス14.9%、睡眠・休養14.0%。これは企業従業員のデータですが、地域住民のニーズと重なる部分は大きいはずです。
方法 ❷
「場所」を共有する ── 届ける拠点を広げる
自治体の健康講座は、多くの場合、保健センターや公民館で開催されます。一方、企業の健康施策は職場で実施されます。
ここに「接続」のヒントがあります。自治体が企業の職場を「健康情報を届ける拠点」として活用できれば、保健センターに来ない「働く世代」にもリーチできる。逆に、企業が自治体の健康イベントに従業員を送り出すことで、家族や地域とのつながりの中で健康行動が強化される。
栃木県日光市では、市の保健師が企業に出向く「企業向け健康教室」を実施しています。大阪府堺市では、ショッピングモールで健康フェスティバルを開催し、働く世代・子育て世代にリーチしました。「人がいる場所に健康を持ち込む」という発想は、企業と自治体の共通言語になりえます。
出典:厚生労働省「地域・職域連携のポータルサイト」取組事例一覧
方法 ❸
データを「突合」して、地域の健康課題の解像度を上げる
企業の健保組合は「健康スコアリングレポート」で従業員の健康課題を可視化しています。自治体は国保データや地域保健データを持っています。
この2つのデータを突合すれば、「地域全体の健康課題の解像度」が格段に上がります。たとえば、国保データでは見えにくい「働く世代の健康課題」が、企業の健診データと合わせることで浮かび上がる。
第3期データヘルス計画(令和6年度〜令和11年度)の中間見直しが2026年度末〜2027年3月に予定されています。このタイミングは、企業と自治体がデータを持ち寄り、地域の健康課題を再整理する好機になりえます。
出典:保健医療科学 尾島俊之「第3期データヘルス計画」(2024)
このコラムで一番お伝えしたかったのは、「企業の知見を自治体に応用しましょう」ということではありません。
届けたい相手は、すでに重なっている。
企業の従業員と自治体の住民は同じ人です。企業が「参加率を上げたい」と悩んでいることと、自治体が「健康無関心層に届けたい」と悩んでいることは、同じ課題の裏表です。
にもかかわらず、企業の健康施策と自治体の健康事業は、多くの場合、接点を持たずに並走しています。
地域・職域連携の制度的な枠組みはすでに存在しています。桑折町のように自走する事例も出てきています。あとは、最初の「接点」を誰がつくるかです。
💡 読者のひらめきポイント
企業と自治体は別々に「届かない」と悩んでいる。でも届けたい相手は同じ人。この重なりに気づくことが、連携の出発点になります。
26,850社が健康経営に取り組んでいる今、そこに蓄積されている「施策を設計し、参加率を上げ、効果を測り、改善する」というノウハウは、企業の中に閉じている必要はありません。
私はフィットネス・健康分野で約18年活動し、2018年から企業の健康経営支援に取り組んでいます。その中で、企業の施策と自治体の事業が「届けたい相手」を共有していることに気づきました。
この「重なり」を活かして、企業と自治体の事業を接続する。
その橋渡しに、私たちの経験がお役に立てるなら幸いです。
📚 参考文献・出典
この記事の執筆者
狩野 学(かりの まなぶ)
ウェルネスドア合同会社 代表
フィットネス・健康分野で約18年活動。2018年から法人向け健康経営支援を開始し、ウェルネスドア合同会社を創業。年間400件以上の企業からの問い合わせに対応し、業種・規模を横断した健康施策の設計・実装を行う。「テーマの前に設計がある」を信条に、企業の健康課題を実行可能な施策へ落とし込むことを専門としている。
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