COLUMN SERIES
転ばない職場のつくり方
厚労省データと現場実践でひもとく、企業の転倒予防 ── 狩野 学
Vol.03 50代女性の転倒リスクが男性の2倍以上になる理由
2026.05.29 | 読了目安:約8分 | 著者:狩野 学(ウェルネスドア合同会社 代表)

転倒災害のデータを性別×年齢で分析すると、見過ごせない事実が浮かび上がります。

50代以降の女性の転倒災害発生率は、同年代の男性と比べて約2〜5倍。この差は、単なる「不注意」では説明できません。筋力・骨密度・ホルモンバランスの3つの身体的要因が複合的に作用しています。女性従業員が多い職場では、転倒対策は「安全衛生」と「女性の健康支援」を統合した視点で設計する必要があります。

女性60代 死傷年千人率
5.0
30代男性の約5倍
骨密度 50歳以降の低下率
年2〜3%
閉経後に急加速
女性の運動習慣率
約半分
男性比(国民健康・栄養調査)

1. 性別×年齢で見る転倒リスクの実態

厚生労働省の労災データを性別・年齢別に分解すると、転倒災害には明確なジェンダーギャップが存在します。30代までは男女差はほぼありませんが、40代後半から女性の転倒率が男性を上回り始め、50代では約2倍、60代では約5倍にまで拡大します。

この急激な拡大の背景には、加齢に伴う3つの身体的要因が複合的に作用しています。

2. なぜ女性は転倒しやすいのか ── 3つの身体的要因

01
筋肉量の差と低下速度
女性は男性に比べてもともとの筋肉量が少なく、加齢による低下の影響を受けやすい。特に下肢筋力(大腿四頭筋・ハムストリングス)の低下は、つまずきからの回復力に直結します。
02
閉経後の骨密度急低下
閉経に伴いエストロゲンが急減すると、骨密度は年2〜3%のペースで低下。転倒した際の骨折リスクが男性の数倍に。大腿骨頸部骨折は寝たきりの主因です。
03
運動習慣率の低さ
国民健康・栄養調査では、女性の運動習慣率は男性の約半分。特に働く世代の女性は、仕事・家事・育児・介護の多重負担から運動時間の確保が難しい。
KEY INSIGHT

女性の転倒リスクが高い最大の理由は「不注意」ではなく「身体構造の違い」です。この認識を企業が持つことが、性別に配慮した転倒対策の第一歩になります。特に更年期(おおむね45〜55歳)を迎える女性従業員への配慮は、安全衛生と女性の健康支援の両面で重要です。

3. 更年期と転倒リスクの関係 ── 見落とされがちな接点

更年期は「女性特有の体調不良」として語られがちですが、転倒リスクとの関連はあまり知られていません。しかし、更年期に伴う身体変化は転倒の3大要因──筋力・バランス・骨密度──のすべてに影響を与えます。

エストロゲンの急減は骨密度低下だけでなく、関節の柔軟性低下、筋肉の質の変化(脂肪浸潤)、さらには自律神経の乱れによるめまい・ふらつきも引き起こします。これらはすべて転倒リスクの直接的な上昇要因です。

更年期が転倒リスクを押し上げる5つの経路
🟥 骨密度の急低下
閉経後5年で最大20%減少 ── 骨折リスク直結
🟧 筋肉の質の変化
脂肪浸潤による筋力低下 ── 見た目では気づかない
🟧 関節柔軟性の低下
足関節の可動域減少 ── つまずき回避能力に影響
🟦 自律神経の乱れ
めまい・ふらつき ── 平衡感覚の一時的な低下
🟦 睡眠障害
日中の集中力低下 ── つまずきへの反応速度が遅れる

これらの要因は個別に語られることが多いですが、実際にはすべてが同時期に重なります。更年期は、転倒リスクを複合的に押し上げる「サイレントリスクファクター」なのです。

4. 企業が今日からできる女性の転倒対策

女性の転倒リスクは身体構造に起因するため、「注意喚起」だけでは対処できません。以下の4つの施策は、安全衛生部門と健康経営部門が連携して実施すべきものです。

① 性別・年齢別の体力測定
転倒リスク評価を性別×年齢で層別化し、特に50代以上の女性従業員の身体機能を定期的にモニタリングする。全社一律の対策ではリスクの偏りに対応できません。
② 下肢筋力トレーニングの機会提供
スクワット・カーフレイズなど、器具不要で職場でも実施できるトレーニングを、転倒予防研修やオンラインコンテンツで提供する。
③ 更年期に関するリテラシー教育
更年期の身体変化と転倒リスクの関連を、本人だけでなく管理職にも理解してもらう。女性の健康セミナーと転倒予防を組み合わせたプログラムが有効です。
④ 靴・作業環境の見直し
ヒールのある靴での通勤・業務は転倒リスクを上げます。安全靴の選定、滑りにくい床材への変更、通路の照度確保など、環境面からも対策を。

5. 「安全衛生」と「女性の健康」を分けて考えていませんか

私がセミナーの現場で感じるのは、多くの企業で「転倒対策」と「女性の健康支援」がまったく別の施策として運用されているという事実です。

転倒対策は安全衛生部門が担当し、「手すり・段差解消・注意喚起」が中心。女性の健康支援は人事・ダイバーシティ部門が担当し、「婦人科検診・相談窓口・リテラシー講座」が中心。この2つの施策が交差することは、ほとんどありません。

しかし、ここまでお読みいただいたとおり、50代女性の転倒リスク急増は、まさに「安全衛生」と「女性の健康」が交差する地点で起きています。

この交差点に橋を架けること──つまり、更年期の身体変化を理解したうえで転倒対策を設計し、逆に転倒リスク評価のなかに女性特有の要因を組み込むこと──が、これからの企業に求められるアプローチです。

「女性の就業者数が増加するなか、女性の健康課題に対応した職場づくりは、労働力確保と生産性向上の両面で経営課題となっている」

── 経済産業省「健康経営における女性の健康の取組について」
SUMMARY
この記事のポイント
✔ 50代女性の転倒災害発生率は同年代男性の約2倍、60代では約5倍
✔ 3つの身体的要因:①筋肉量の差と低下速度 ②閉経後の骨密度急低下 ③運動習慣率の低さ
✔ 更年期は骨密度・筋質・関節柔軟性・自律神経・睡眠の5経路で転倒リスクを複合的に押し上げる
✔ 「不注意」ではなく「身体構造の違い」が原因 ── 精神論では対処不可
✔ 企業が今日からできる4施策:体力測定の層別化・筋力トレーニング・更年期リテラシー教育・靴と環境の見直し
✔ 安全衛生 × 女性の健康支援の「交差点」に橋を架ける統合設計が必要
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次回 Vol.04 では、「転倒1件で47日の休業 ── 経営者が知るべき経済損失の実態」として、転倒がもたらす直接損失・間接損失を具体的に算出します。経営層への提案に使える数字をお伝えします。

AUTHOR
狩野学 プロフィール写真
狩野 学Manabu Karino
ウェルネスドア合同会社 代表 / NASM認定トレーナー

フィットネス・健康分野で約18年の経験を持ち、2018年より法人向け健康経営支援を開始。転倒予防セミナーの企画・登壇を多数の企業・健保組合で担当。厚生労働省の転倒等リスク評価セルフチェック票を活用した体力測定型プログラムや、正常性バイアスの解除をテーマにした科学的アプローチを得意とする。情報誌『エルダー』(独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構、2024年1月号)にて健康経営に関するインタビュー掲載。

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