COLUMN SERIES
転ばない職場のつくり方
厚労省データと現場実践でひもとく、企業の転倒予防 ── 狩野 学
Vol.05 転倒の3大パターン ── つまずき・滑り・踏み外しの発生メカニズム
2026.05.29 | 読了目安:約9分 | 著者:狩野 学(ウェルネスドア合同会社 代表)

「転倒」と一口に言っても、すべてが同じメカニズムで起きているわけではありません。

転倒災害は大きく「つまずき」「滑り」「踏み外し」の3パターンに分類されます。それぞれ原因が異なれば、対策も異なります。「転倒防止」と一括りにして対策を打っても効果が出にくいのは、この分類を無視しているからです。Vol.05では、3つのパターンそれぞれの発生メカニズムを分解し、パターン別に「何が効く対策か」を明確にします。

つまずき
約45%
転倒の最多パターン
段差・配線・荷物が原因
滑り
約43%
つまずきと僅差
水濡れ・油脂・床材が原因
踏み外し
約12%
件数は少ないが重傷化
階段・段差の昇降時に集中
転倒災害の発生パターン別構成比
🟥 つまずき(段差・突起物・配線・荷物等)
約45% ── 最多
🟧 滑り(水濡れ・油脂・氷・床材の摩擦低下)
約43% ── 僅差で2位
🟦 踏み外し(階段・ステップ・縁石)
約12% ── 件数少だが重傷化率高
出典:厚生労働省「STOP!転倒災害プロジェクト」等の分析データを基に構成

1. つまずき(約45%)── 最も多い転倒パターン

MECHANISM

つまずきは、歩行中に足先が床面の突起物・段差・障害物に引っかかり、前方へのバランスを失うことで発生します。つまずいた瞬間に反対側の足で踏みとどまれるかどうかは、下肢の筋力と反応速度に依存します。

つまずきが全体の約45%を占める最大の理由は、「職場にはつまずきの原因が至るところにある」からです。わずか数ミリの段差、配線ケーブル、通路に置かれた荷物、めくれたマット──日常的に見慣れた光景のなかに、つまずきの原因が潜んでいます。

さらに厄介なのは、Vol.02で解説した「認知的慣化」です。毎日通る場所の段差やケーブルは、脳が「既知の情報」として処理してしまうため、意識的な注意が向かなくなります。つまずきの大半は、「知っているはずの障害物」で起きているのです。

つまずきの主な発生原因と対策
原因:床面の段差・突起
→ 対策:段差解消スロープ、突起物の除去、床面の平坦化
原因:配線ケーブルの露出
→ 対策:ケーブルカバー設置、天井配線への変更、ワイヤレス化
原因:通路上の荷物・資材
→ 対策:4S(整理・整頓)の徹底、保管場所の明確化
原因:足元の視界不良
→ 対策:通路照度の確保(150lx以上)、荷物運搬時の足元確認ルール

2. 滑り(約43%)── 環境要因×靴の選択が鍵

MECHANISM

滑りは、靴底と床面の間の摩擦力が、歩行時に足にかかる水平方向の力を下回ったときに発生します。摩擦力を低下させる要因は「床面の状態」「靴底の状態」「歩き方」の3つです。

滑りによる転倒は、つまずきと僅差の約43%を占めます。特に注意が必要なのは、滑りは「環境要因」と「靴の要因」が掛け算で作用するという点です。

乾いた床で新品の安全靴を履いていれば滑りません。しかし、同じ靴でも床が水で濡れていれば滑ります。逆に、乾いた床でも靴底がすり減っていれば滑ります。環境と靴の「どちらか一方」が劣化するだけで、滑りのリスクは跳ね上がるのです。

滑りの主な発生原因と対策
原因:水濡れ・油脂の付着
→ 対策:即時清掃ルール、水切りマット設置、「濡れています」表示の徹底
原因:床材の摩擦係数不足
→ 対策:防滑床材への張り替え、防滑コーティングの施工
原因:靴底のすり減り
→ 対策:靴底定期チェック(3か月ごと)、防滑靴の支給制度
原因:雨天時の屋外→屋内移動
→ 対策:出入口の吸水マット拡大、雨天用注意喚起、屋内履き替え制度
KEY INSIGHT

私のセミナーでは「靴底すり減りチェック」を必ず実施します。参加者に自分の靴を裏返してもらうだけで、約3割の参加者が「靴底の溝がほぼなくなっている」ことに気づきます。靴底は毎日見るものではないからこそ、意識的にチェックする仕組みが必要です。溝の深さが2mm以下になったら交換時期です。

3. 踏み外し(約12%)── 件数は少ないが重傷化率が最も高い

MECHANISM

踏み外しは、階段・ステップ・縁石などの端を正確に踏めず、足が空振りすることで発生します。下り階段での発生が特に多く、落差があるため骨折などの重傷に直結しやすいのが特徴です。

踏み外しは全体の約12%と件数は最も少ないですが、1件あたりの重傷化率が最も高いパターンです。つまずきや滑りは「同じ平面上」での転倒ですが、踏み外しは「高低差のある場所」で発生するため、落下エネルギーが大きく、骨折・頭部打撲などの重傷につながりやすいのです。

特に危険なのは下り階段です。上り階段では視線が自然と足元に向きますが、下り階段では視線が前方に向くため、足元への注意が不足します。さらに、荷物を持っている場合は足元が見えず、踏み外しのリスクが急上昇します。

踏み外しの主な発生原因と対策
原因:階段の段鼻の視認性不足
→ 対策:段鼻に蛍光テープ・ノンスリップ材の設置
原因:手すりの未設置・劣化
→ 対策:両側手すりの設置、手すり高さの適正化(75〜85cm)
原因:荷物運搬時の足元不可視
→ 対策:台車・エレベーター利用ルール、2人搬送の基準設定
原因:階段照明の不足
→ 対策:足元照明(フットライト)の設置、照度基準の見直し

4. 「何が効くか」はパターンで決まる ── 対策の優先順位

3つのパターンそれぞれに「最も効果的な対策の軸」が異なります。限られた予算と工数のなかで対策の優先順位を決めるには、自社の転倒災害がどのパターンに集中しているかを分析することが出発点です。

つまずき対策の軸
環境整備(4S)が最優先
① 通路の障害物撤去
② 段差の解消・明示
③ 照明の改善
④ 下肢筋力の維持(身体面)
滑り対策の軸
床と靴の両面対策が必須
① 水濡れの即時清掃
② 防滑床材・コーティング
③ 靴底の定期チェック・交換
④ 雨天対策(マット・履き替え)
踏み外し対策の軸
階段の視認性+搬送ルール
① 段鼻の視認性強化
② 手すりの設置・点検
③ 荷物搬送時のルール整備
④ バランス能力の維持(身体面)

注目していただきたいのは、3パターンすべてに共通して「身体面の対策」が含まれている点です。環境をどれだけ整備しても、「多少の段差でもつまずかない下肢筋力」「滑りかけても踏みとどまれるバランス能力」がなければ、転倒は防げません。環境対策と身体対策は車の両輪です。

5. 自社の転倒パターンを知る ── 危険マップのすすめ

対策の第一歩は「自社の転倒がどのパターンに偏っているか」を把握することです。私がセミナーで推奨しているのは、「転倒リスクマップ」の作成です。

やり方はシンプルです。職場の見取り図に、過去のヒヤリハット・転倒事例の発生場所をプロットし、「つまずき」「滑り」「踏み外し」のパターン別に色分けします。5分でできるこの作業が、驚くほどリスクの偏りを可視化してくれます。

「マップを作ったら、通路の角と階段の踊り場に集中していることが一目でわかった。対策の優先順位が明確になった」

このような声を、実際に危険マップを作成した企業の担当者から何度も聞いています。漠然と「転倒防止」と言うのではなく、パターンと場所を特定してから対策を打つ──これが、限られたリソースで最大の効果を出す方法です。

SUMMARY
この記事のポイント
✔ 転倒は「つまずき約45%」「滑り約43%」「踏み外し約12%」の3パターンに分類される
✔ つまずきの最多原因は「知っているはずの障害物」── 認知的慣化が元凶
✔ 滑りは「床面の状態」×「靴底の状態」の掛け算 ── どちらか一方の劣化で発生
✔ 踏み外しは件数最少だが重傷化率最高 ── 下り階段と荷物搬送時が最も危険
✔ パターン別に対策の軸が異なる:つまずき=4S、滑り=床+靴、踏み外し=視認性+ルール
✔ 3パターンすべてに共通して「身体面の対策」が必要 ── 環境と身体は車の両輪
✔ 自社の転倒パターンを把握する「危険マップ」の作成が対策の出発点
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次回 Vol.06 では、「歩行中の"ながら行動"が転倒リスクを跳ね上げる科学的理由」を解説します。スマートフォンを見ながら、考え事をしながら歩く──日常的な「マルチタスク歩行」がいかに危険かを、認知科学の視点から掘り下げます。

AUTHOR
狩野学 プロフィール写真
狩野 学Manabu Karino
ウェルネスドア合同会社 代表 / NASM認定トレーナー

フィットネス・健康分野で約18年の経験を持ち、2018年より法人向け健康経営支援を開始。転倒予防セミナーの企画・登壇を多数の企業・健保組合で担当。厚生労働省の転倒等リスク評価セルフチェック票を活用した体力測定型プログラムや、正常性バイアスの解除をテーマにした科学的アプローチを得意とする。情報誌『エルダー』(独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構、2024年1月号)にて健康経営に関するインタビュー掲載。

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