2026年4月 改正労働安全衛生法対応 | 高年齢労働者の安全
📊 この記事の注目データ
エスカレーターの前で、ふと足が止まる。階段の手すりを、いつの間にか握っている。
それは、体力低下のごく初期のサインかもしれません。
加齢による体力低下は、本人の自覚がないまま進行し、ある日突然「転倒」という形で顕在化します。
しかし、フレイルやロコモティブシンドロームは「可逆的」──つまり、適切な運動と栄養で改善できる段階があるのです。
この記事では、最新の体力調査データと2026年4月施行の法改正を踏まえ、個人と企業双方が取り組むべき具体策を解説します。
年齢とともに体力は低下しますが、その変化は「緩やか」であるがゆえに、本人が気づきにくいのが特徴です。
40代
筋力低下が始まる(10年で約10〜15%減)。自覚症状はほぼなし
50代
バランス能力・視力・反応速度の低下が顕在化し始める
60代
複合的な機能低下 → 転倒リスクが急上昇
70代+
フレイル・サルコペニアリスクが急増
⚠ エスカレーターの前で一瞬足が止まる。何げない日常の変化ですが、これは体が「ステップのタイミングに合わせる自信がない」と感じているサインです。階段の手すりへの依存、横断歩道を渡りきれない焦り──いずれもロコモ・フレイルの初期兆候として見逃せません。
3人に1人
65歳以上の
年間転倒率
約3割
60歳以上が占める
労災割合(過去最高)
女性5倍
60歳以上女性の
労災発生率(30代比)
13%
要介護の原因に占める
骨折・転倒の割合
⚠ 転倒 → 骨折 → 要介護の「負の連鎖」
高齢者の転倒は、単なる「つまずき」では終わりません。大腿骨頸部骨折に至った場合、1年後の死亡率は約10%、歩行能力が回復しない割合は約40%とも言われます。
企業においては、転倒による休業は平均30日以上に及び、労災コストの増大にも直結します。転倒は「予防可能な災害」であるからこそ、対策の優先度を上げるべきです。
ロコモ
ロコモティブシンドローム
骨・関節・筋肉など運動器の衰えにより、立つ・歩くなどの移動機能が低下した状態。推定該当者約4,700万人。
フレイル
Frailty
心身の活力が全般的に低下した状態。栄養・運動・社会参加の3要素が関わる。該当率8.7%、プレフレイル40.8%。
サルコペニア
Sarcopenia
加齢に伴う筋肉量と筋力の低下。歩行速度の低下、握力低下が指標。転倒・骨折リスクを直接的に高める。
ロコモ(運動器の衰え) → フレイル(心身全般の虚弱) → 要介護
※ フレイルは「可逆的」──適切な介入で健常な状態に戻れる段階があります
✅ ロコモ度セルフチェック
→ 2つ以上当てはまる場合は、ロコモティブシンドロームの可能性があります。早めの対策・相談をおすすめします。
💡 専門家の視点:フレイルは「可逆的」
「体力が落ちた」と感じた時、多くの人は「年だから仕方ない」で済ませてしまいます。
しかし、フレイルは「可逆的」です。適切な運動と栄養で、元に戻せる段階があるのです。
大切なのは「気づく」こと。そして「動き始める」こと。
エスカレーターの前の一瞬の躊躇も、階段の手すりへの依存も、
すべては体からの「そろそろ対策を」というサインです。
📜 法改正のポイント
指針で求められる5つの措置
| 措置 | 具体的な取り組み例 |
|---|---|
| ①安全衛生管理体制 | 高年齢労働者の安全対策を担当する組織・担当者の配置 |
| ②職場環境の改善 | 段差解消・手すり設置・防滑床・照明の確保・温度管理 |
| ③健康・体力の把握 | 体力測定・フレイルチェック・転倒リスク評価の実施 |
| ④状況に応じた対応 | 短時間勤務・作業転換・複線配置・休憩時間の配慮 |
| ⑤安全衛生教育 | 加齢変化の理解・セルフケアの促進・転倒予防体操の研修 |
💡 エイジフレンドリー補助金:高年齢労働者の安全・健康確保のための設備改善等に対し、最大100万円(補助率1/2)が支給されます。体力測定機器の導入も対象です。
転倒リスクは、わずか3〜5種類の測定で「見える化」できます。数字で把握できれば、対策も明確になります。
全身の筋力
握力
全身の筋力を反映する代表指標。男性26kg未満・女性18kg未満はサルコペニアの基準値。
バランス能力
開眼片足立ち
20秒未満で転倒リスク上昇。年齢とともに低下が顕著な項目の一つ。
下肢筋力
5回椅子立ち上がり
12秒以上で転倒リスク上昇。下肢筋力・バランス・スピードの総合指標。
歩行能力
歩行速度
秒速1.0m未満で転倒リスク上昇。サルコペニアの診断基準の一つ。横断歩道(秒速約1.0〜1.2m)を渡りきれるかが一つの目安。
総合移動能力
TUG(Timed Up & Go)
椅子から立ち上がり→3m歩行→方向転換→着座。13.5秒以上で転倒リスク上昇。一連の動作で総合的な移動能力を評価。
📈 明るいデータ:高齢者の体力は向上傾向
スポーツ庁「令和6年度 体力・運動能力調査」によると、75〜79歳の体力水準はこの27年間で大幅に向上しています。
また、75歳以上の運動習慣者の割合は男性48.0%、女性36.8%と全年代で最も高い水準です。
「年だから落ちる一方」ではない──適切な運動習慣があれば、体力の維持・向上は十分に可能であることをデータが示しています。
2026年度の健康経営優良法人認定では、「性差・年代に配慮した職場づくり」が新設小項目となり、高年齢従業員への取組(Q22)が明確に評価対象に加えられました。
Q22|高年齢従業員の健康や体力の状況に応じた取り組み
ポイント:「制度があるか」だけでなく、「周知 → 利用 → 効果」の三点セットで評価されます。体力測定の結果を個別フィードバックし、改善プログラムにつなげる「PDCAの流れ」まで設計することが高評価の鍵です。
💡 専門家の視点:「測る」ことが全ての出発点
「体力測定」と聞くと学校の体力テストを思い浮かべるかもしれません。
しかし企業で行う体力測定の目的は、順位をつけることではありません。
「今の自分の体を知る」こと。それが全ての出発点です。
握力、片足立ち、椅子からの立ち上がり──たった3つの測定で、
転倒リスクの「見える化」ができます。
数字で見えれば、対策も見えてきます。
まとめ
🔗 関連ページ
狩野 学(かりの まなぶ)
ウェルネスドア合同会社 代表。約18年間、フィットネス・健康領域で現場支援に携わった後、2018年より法人向け健康経営支援を本格展開。出張型体力測定や転倒予防セミナーを全国の企業・健保に提供し、高年齢労働者の「測って→気づいて→動く」サイクルの定着を支援。
【参考文献・出典】
【免責事項】本記事は健康・安全衛生に関する一般的な情報提供を目的としています。個別の健康上の問題については、必ず医療機関や専門職にご相談ください。法令の解釈・適用については、所轄の労働基準監督署または社会保険労務士にご確認ください。
駅や商業施設で、エスカレーターに乗る直前に一瞬、あるいは数秒間立ち止まる高齢者の方を見かけたことはないでしょうか。急いでいると「早く乗ってくれれば…」と感じてしまうかもしれませんが、その一瞬の停止には、加齢に伴う心身の変化と、転倒を防ぐための無意識の防御反応が隠されています。
これは単なる「迷い」や「ためらい」ではありません。健康寿命を考える上で重要なキーワードである「ロコモティブシンドローム(ロコモ)」や「フレイル」、そして「転倒への恐怖」という、専門的な観点から深く分析することができます。
ウェルネスドア合同会社の「エキスパートインサイト」コラム、今回はこの日常の何気ない光景に潜む、高齢者の心と体のサインについて専門的に解説します。
私たちが普段何気なく行っている「エスカレーターに乗る」という行為は、実は非常に高度な身体能力と認知機能を要求される動作です。
これら一連の動作を、わずか1〜2秒の間に行わなければなりません。しかし、加齢に伴い、これらの能力は少しずつ低下していきます。その低下が顕著に現れ始めるサインが、ロコモティブシンドローム(ロコモ)とフレイルです。
つまり、エスカレーター前での一瞬の停止は、「移動機能を司る運動器の衰え(ロコモ)」の兆候であり、それが「心身全体の活力低下(フレイル)」へと繋がる入り口である可能性を示唆しているのです。
では、具体的にどのような要因が、エスカレーター直前での「停止」につながるのでしょうか。
ロコモが進行すると、筋力、特に体幹や下半身の筋力が低下し、平衡感覚も鈍くなります。静止した床から動くステップへ片足を乗せる際、一瞬片足立ちに近い状態になりますが、この時に体を安定させることが難しくなるのです。
これらの身体的変化を脳が察知し、「このまま行くと危ない」と無意識にブレーキをかける。これが、乗る直前の「立ち止まり」として現れます。これは、転倒を防ぐための極めて合理的な自己防衛反応なのです。
動くステップの速度、奥行き、自分の足元、手すりの位置。エスカレーターに乗る際には、多くの視覚情報を瞬時に処理し、自分の体の動きを協調(コーディネート)させる必要があります。
しかし、年齢とともに情報処理速度は遅くなる傾向があります。
「ステップが来た」→「右足を乗せよう」→「手すりを掴まないと」
これらの思考と判断にコンマ数秒の遅れ(タイムラグ)が生じることで、スムーズな乗り込みができず、一度立ち止まってタイミングを計り直す必要が出てくるのです。これは特に、周囲が混雑している場合や、下りエスカレーターで先のステップが見えにくい場合に顕著になります。
高齢者にとって「転倒」は、単なる怪我では済みません。骨折から寝たきりになり、そのまま要介護状態に陥るケースが非常に多いことを、ご本人たちが一番よく理解しています。
過去にヒヤリとした経験があったり、友人や知人が転倒で入院した話を聞いたりすることで、「エスカレーターは危険な場所」という認識が刷り込まれていきます。この転倒への予期不安が、体を硬直させ、第一歩を躊躇させる大きな心理的バリアとなるのです。
特に、ステップに乗り損ねて後ろに倒れたり、降りるタイミングを逃して前のめりになったりする事故は後を絶ちません。この恐怖心が、行動を起こす前の「安全確認」のための停止時間を長くさせています。
エスカレーター前で立ち止まっている方を見かけたら、急かさずに少し距離を置いて待つ配慮が大切です。ご本人が自分のタイミングで安全に乗れるよう、静かに見守ることが一番のサポートになります。
エスカレーターに乗る前の一瞬の停止は、決して本人の意識が低いわけでも、誰かの邪魔をしようとしているわけでもありません。それは、ロコモやフレイルといった加齢による変化に体が適応しようとする、切実なサインなのです。
このサインは、ご本人やご家族が「少し運動機能が落ちてきたかな?」と気づくための重要なきっかけとなります。
こうした早期の気づきと対策が、ロコモやフレイルの進行を食い止め、転倒を予防し、ひいては健康寿命を延ばすための最も効果的なアプローチとなります。
日常の何気ない行動の変化に目を向けること。それが、ご自身と大切な人の未来の健康を守る第一歩となるのです。
「従業員の健康意識を高め、生産性を向上させたい」
「ロコモやフレイル予防に関するセミナーを開催したい」
ウェルネスドアの専門家(管理栄養士・理学療法士)が、企業の健康経営をサポートするプランをご提案します。
狩野 学(かりの まなぶ)
ウェルネスドア合同会社 代表
アメリカスポーツ医科学会認定トレーナー
【主な情報源】
・一般社団法人 日本エスカレーター協会「エスカレーターの安全利用について」
・公益財団法人 長寿科学振興財団 健康長寿ネット「ロコモティブシンドロームの予防と対策」「フレイルとは」
・消費者庁「エスカレーターでの事故に御注意ください!」
前回のコラムでは、エスカレーター前で立ち止まってしまう背景には、「身体機能」と「認知機能」の低下によるブレーキがかかっていることを解説しました。
「じゃあ、もうエスカレーターは避けるしかないの?」
いいえ、そんなことはありません。体の機能は、いくつになっても適切な刺激を与えることで維持・改善が可能です。今回は、エスカレーター特有の「タイミングを合わせる」「素早く足を出す」という動作をスムーズにするための、科学的根拠に基づいたトレーニング方法をご紹介します。
エスカレーターに乗る動作が難しいのは、「動く床を見る(視覚情報処理)」と「足を動かす(運動制御)」を同時に行わなければならないからです。このように、2つのことを同時に行う能力を「デュアルタスク能力」と呼びます。
この能力が低下すると、考え事をしていると足が止まったり、足元を見ていると周囲の音が聞こえなくなったりします。自宅でこの機能を鍛えましょう。
その場で足踏みをしながら、簡単な計算(引き算)を行います。
例:「100から7を順番に引いていく」
「93、86、79…」と言いながら、足踏みのリズムを一定に保つ
※計算に集中して足が止まったり、リズムが乱れたりしないように意識することが、脳の前頭葉(司令塔)を活性化させ、とっさの判断力を養います。
エスカレーターで最も怖い事故の一つが、乗り口の段差に足先が引っかかって転倒することです。これを防ぐには、足を持ち上げる太ももの筋肉(腸腰筋)だけでなく、つま先を上に持ち上げる「前脛骨筋(ぜんけいこつきん)」の働きが不可欠です。
この筋肉は加齢とともに衰えやすく、弱ると「すり足」になりがちです。
最後に、タイミングを合わせる練習です。実際の現場で立ち止まってしまうのは、「失敗したらどうしよう」という予期不安が体を硬直させるからです。安全な場所で疑似体験を積むことで、脳に自信を植え付けましょう。
フローリングの継ぎ目や、カーペットの模様などを「エスカレーターの乗り口」に見立てます。
エスカレーターに乗るという何気ない動作も、分解すれば「認知」「筋力」「バランス」の総合芸術です。
今回ご紹介したトレーニングは、エスカレーターに限らず、段差でのつまずき防止や、信号の変わり目の歩き出しなど、日常生活のあらゆる場面での安全に直結します。
「最近、足が出にくいな」と感じたら、それは体がトレーニングを求めているサインです。今日から自宅でできる小さな準備を始めて、いつまでも自分の足で行きたい場所へ行ける自由を守りましょう。
「一人でトレーニングするのは続きそうにない」
「もっと本格的な転倒予防のリハビリを受けたい」
ウェルネスドアでは、理学療法士などの専門家がご自宅や施設に伺い、お一人お一人の状態に合わせたマンツーマン指導を行っています。
狩野 学(かりの まなぶ)
ウェルネスドア合同会社 代表
アメリカスポーツ医科学会認定トレーナー