Expert Insight ― 対話と気づきのコラム
─ 民間の健康経営から見た、自治体の健康増進計画への提案 ─
📌 この記事でわかること
私はフィットネス・健康分野で約18年活動し、2018年からは企業の健康経営支援に軸足を移しました。自治体の住民向け健康事業に直接関わった経験はありません。
ただ、自治体の職員向け健康支援を行う中で、行政の担当者と話す機会が増えました。そこで気づいたことがあります。
企業の健康経営担当者と、自治体の健康増進課の担当者が、驚くほど同じ悩みを抱えている。
「今年も何かやらなきゃいけないのは分かっている。でも、どのテーマで、誰に向けて、何をすればいいのか、毎年ゼロから考えている気がする。」
企業の担当者から何百回も聞いてきたこの言葉が、自治体の担当者からもほぼ同じ表現で出てきたとき、この構造は同じなのではないかと考えるようになりました。
📊 エビデンス
企業の健康施策で「うまく回り始める瞬間」には、共通するパターンがあります。
たとえば、ある製造業の企業では、毎年「生活習慣病予防セミナー」を実施していましたが、参加率は2割前後で推移していました。ところが、健診データから「40代男性・交代勤務者のBMIと血中脂質に有所見率が集中している」と特定し、この層に絞って「夜勤明けの食事の選び方」というテーマを設定したところ、対象者の参加率が6割を超えました。
何が変わったのか。テーマの前に「誰の、何が、課題なのか」を特定したことです。
さらに、翌年はその結果を踏まえて「夜勤と睡眠の質」にテーマを展開し、単発ではなく連続性のある施策に変わりました。
| 比較項目 | 企業の健康経営 | 自治体の健康増進計画(仮説) |
|---|---|---|
| よくある課題 | テーマ先行で対象者が不明確 | 事業数は多いが対象住民像が曖昧 |
| 設計の転換点 | 属性別に課題を特定→テーマ選定 | 住民を属性で分けて優先課題を設定 |
| 年間設計 | 前年度結果→今年度テーマの連続設計 | 前期計画の評価を次期事業に接続 |
| データ活用 | 健診結果・アンケートに基づく設計 | 国保データ・地域保健データの突合 |
※自治体の列は、企業での経験をもとにした仮説です。行政の現場に当てはまるかは、担当者の皆さまと一緒に検証したいと考えています。
健康日本21(第三次)では、「誰一人取り残さない健康づくり(Inclusion)」と「より実効性をもつ取組の推進(Implementation)」が新たな重点に位置づけられました。
私がこの中で注目するのは「Implementation」です。
企業の健康経営でも、「良い計画を作ること」と「計画を実行に移すこと」の間には大きなギャップがあります。私が企業向けに提案している「年間施策設計」は、このギャップを埋めるための考え方です。前年度の結果→テーマ選定→実施→評価→次年度改善のサイクルを、年度をまたいで設計する。
第三次が「実装」を問うているのであれば、企業で成果を上げているこの「まわす仕組み」は、自治体の事業設計にも参考になるのではないでしょうか。
📊 エビデンス
健康日本21(第三次)は2024年度〜2035年度の12年計画。基本方針として「①健康寿命の延伸と健康格差の縮小」「②個人の行動と健康状態の改善」「③社会環境の質の向上」「④ライフコースアプローチ」が示されています。計画の実効性を高めるため、自治体を含む多様な主体によるPDCAサイクルの確実な実施が求められています。
出典:保健医療科学 和田安代「健康日本21(第三次)の12年間の取組の開始」(2024)/国立健康・栄養研究所「健康日本21(第三次)目標一覧」
自治体の健康増進計画と並行して、保険者が進めている第3期データヘルス計画(令和6年度〜令和11年度)があります。2026年度末〜2027年3月には中間評価・中間見直しが予定されています。
ここに、自治体担当者にとっての隠れた機会があると私は考えています。
企業の健康経営では、健保組合のデータヘルス計画と連動して施策を設計する流れが定着しつつあります。「健康スコアリングレポート」で自社の課題が可視化され、それをもとにテーマを選定する。
自治体の場合も、国保のデータと地域保健データを突合すれば、住民の健康課題をより精緻に把握できるはずです。データヘルス計画の中間見直しのタイミングは、健康増進計画の事業を見直す好機にもなりえます。
私は保険者データの専門家ではありませんが、企業支援の現場で「データに基づく施策設計」が成果を上げている以上、同じ考え方は自治体でも有効ではないかと考えています。
📊 エビデンス
第3期データヘルス計画は令和6年度から令和11年度を計画期間とし、前半3年を経た令和8年度末(2027年3月)頃に中間評価・中間見直しが予定されています。保険者はKDB(国保データベース)システム等を活用し、被保険者の健康課題を定量的に分析した上で事業計画を策定することが求められています。
出典:保健医療科学 尾島俊之「第3期データヘルス計画」(2024)/JMDC「第3期データヘルス計画の中間評価・中間見直し」(2025年12月)
健康日本21(第三次)の基本方針には、「企業、教育機関、NPO等の関係者が連携し、効果的な取組を行うことが望ましい」と明記されています。ここでは、企業の健康経営支援で実際に効果があった考え方を3つ、自治体の文脈に置き換えて提案します。
視点 ❶
テーマの前に「対象者の特定」がある
企業では、従業員の年齢・性別・職種・勤務形態と健診データを照合し、「誰の何が課題か」を特定してからテーマを選びます。自治体でも、「住民」をひとくくりにせず、「働く世代」「高齢者」「子育て世代」と分けて優先課題を設定すると、テーマの精度が上がるのではないでしょうか。
視点 ❷
単発を「年間の流れ」に変える設計
企業の施策が成果を出し始めるのは、「前年度の結果→今年度のテーマ」という連続性を持たせたときです。毎年ゼロから企画するのではなく、前回の結果を踏まえて次を設計する。この積み上げが、事業の実効性を高めます。自治体の健康増進事業にも、同じ年間設計の考え方が応用できるのではないかと考えています。
視点 ❸
「参加者数」ではなく「カバー率」で評価する
企業では「全従業員のうち何%に届いたか」で施策を評価します。参加者数だけでは、「健康意識の高い人だけが集まっている」のか「広く届いている」のかが見えません。自治体の事業評価でも、カバー率の視点を取り入れると、事業設計の発想が変わるのではないでしょうか。現状、カバー率を評価している市町村は約3割にとどまっています。
出典:大曽基宣ほか, 日本公衆衛生雑誌 67(1), 2020
💡 読者のひらめきポイント
「企業の担当者がうちと同じことで悩んでいるなら、企業側の解決策にヒントがあるかもしれない」── この気づきが、自治体と民間の新しい連携の出発点になります。
企業の健康経営で学んだことがあります。計画が動くかどうかは、計画の中身ではなく、「計画と実行の間の設計」で決まる、ということです。
この視点が、自治体の健康増進計画にも一つの参考になれば幸いです。
私は行政の専門家ではありません。ただ、約18年間の健康分野での活動と、2018年からの企業向け健康経営支援を通じて、「施策をまわす仕組み」の設計に向き合ってきました。
その知見が、自治体の事業設計に少しでもお役に立てるなら、これほど嬉しいことはありません。
📚 参考文献・出典
この記事の執筆者
狩野 学(かりの まなぶ)
ウェルネスドア合同会社 代表
フィットネス・健康分野で約18年活動。2018年から法人向け健康経営支援を開始し、ウェルネスドア合同会社を創業。年間400件以上の企業からの問い合わせに対応し、業種・規模を横断した健康施策の設計・実装を行う。「テーマの前に設計がある」を信条に、企業の健康課題を実行可能な施策へ落とし込むことを専門としている。
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