HEALTH BEHAVIOR DESIGN × 健康経営
「頑張ろう」では人は動かない。
行動科学のエビデンスに基づくナッジ・COM-B・行動変容ステージモデルで、
社員が"無理なく・自然と"健康的な選択をする職場を設計する。
── 行動経済学が明らかにした「不合理な脳」の正体
「健康のために階段を使いましょう」「野菜を多く食べましょう」──
こうした呼びかけに、あなたの職場の社員はどれだけ反応しているでしょうか。
厚生労働省の調査では、食習慣や運動習慣について「関心はあるが改善するつもりはない」と答えた人が約25%に上ります。「わかっちゃいるけど、やめられない(始められない)」──これは意志の弱さではなく、人間の脳の標準仕様です。
① 現在志向バイアス:「10年後の健康」より「今この瞬間の楽」を選ぶ
② 現状維持バイアス:変化を避け、慣れた行動パターンに固執する
③ 選択疲れ:情報や選択肢が多すぎると、「何もしない」を選んでしまう
行動経済学のノーベル賞受賞者リチャード・セイラー教授は、こう指摘します。
「人は合理的には行動しない。だからこそ、環境のデザインで行動を後押しできる」と。
この「環境の力で、自然と望ましい行動へ誘導する」アプローチがナッジ(Nudge)であり、より広義には行動デザインと呼ばれます。強制や罰則ではなく、選択の自由を残しながら「そっと後押し」する──それが、健康経営における行動デザインの本質です。
── 「何を」「誰に」「どう」設計するかの羅針盤
英国政府の行動科学チーム(BIT)が開発した、ナッジ設計の実践フレーム。「どうすれば人は動くか」を4つの原則で整理します。
| 🟢 Easy(簡単に) |
手間を減らす、初期設定を最適化する 例:健診の再検査予約を自動で仮押さえする |
| 🟢 Attractive(魅力的に) |
関心を引く、報酬を見える化する 例:階段にカロリー表示やアートを施す |
| 🟢 Social(社会的に) |
「みんなやっている」を見せる 例:「営業部の82%が毎日階段を利用中」と掲示 |
| 🟢 Timely(適切なタイミングで) |
行動の決断ポイントに介入する 例:健診結果通知の翌日に改善セミナーを案内 |
UCLのSusan Michie教授らが開発。行動(Behavior)が起こるには、能力(Capability)・機会(Opportunity)・動機(Motivation)の3要素が揃う必要があるという診断フレームです。被引用15,000回超、世界の行動変容研究の中核モデル。
| C:能力 |
やり方を知っている?体力はある? → 知識不足なら教育、体力不足なら段階的プログラム |
| O:機会 |
やれる環境・時間・道具がある? → 時間がないならデフォルト化、場所がないなら動線設計 |
| M:動機 |
やりたい理由・習慣・感情がある? → 動機が弱いなら即時報酬の設計、社会的証明の活用 |
💡 実務でのポイント:「社員が健康施策に参加しない」とき、COM-Bで診断すると原因が"やる気"ではなく"時間がない(機会)"や"やり方が分からない(能力)"であることが多いと分かります。原因を特定してから施策を打つことで、空振りを防げます。
プロチャスカとディクレメンテが禁煙研究から体系化。人は5段階を経て行動を変えるという前提に立ち、ステージに合わない施策は逆効果になることを示しました。
| 無関心期 | 変える気がない → 気づきを与える(データ提示・リスク可視化) |
| 関心期 | 迷っている → 動機を高める(同僚の成功事例・ロールモデル共有) |
| 準備期 | やろうとしている → ハードルを下げる(小さな目標設定・環境整備) |
| 実行期 | 始めたばかり → 即時フィードバック(小さな成功体験の蓄積) |
| 維持期 | 6ヶ月以上継続 → マンネリ防止と称賛(新目標・コミュニティ形成) |
── 大きな予算は不要。「知恵と配置」で職場が変わる
🏢 オフィス動線
階段にアート・消費カロリー表示・BGMを導入。ストックホルムの「ピアノ階段」では66%がエスカレーターから階段へ転換。日本の大学での研究でも、ナッジ掲示で若年女性の階段利用率が有意に増加。
🍽️ 食環境
ヘルシーメニューを目線の高さ・手前に配置するだけで、選択率が40%以上向上した企業事例あり。Google社は小さい皿をデフォルトにし、食べ残しを最大7割削減。
📋 デフォルト設定
健康イベントや保健指導を「希望者参加(オプトイン)」から「全員参加・不参加は申出(オプトアウト)」に変えるだけで参加率が劇的に改善。臓器提供意思表示でも実証された強力なナッジ。
👥 社会的証明
「85%のお客様が継続を選択」と記載しただけで更新率が約15%改善。社内では「部署別の健診再検査受診率ランキング」の掲示が効果的。
⏰ タイミング
健診結果の通知直後、年度始め、誕生日の前後──人が「変わろう」と思いやすいタイミングに施策を集中投下。厚労省のハンドブックでも「狙うのは、心の扉がひらく瞬間」と推奨。
🎮 ゲーミフィケーション
チームの合計歩数を距離に換算し「東海道五十三次」のマップ上を進むイベント。個人戦では運動苦手層が離脱するが、チーム戦は「連帯感」「相互応援」で参加率が維持される。
💬 フィードバック
「最も歩いた人」だけでなく「前月比で最も歩数が増えた人(ジャンプアップ賞)」を表彰。変化のプロセスに光を当てることで、「自分もやってみようかな」というフォロワーが生まれる。
── どんなに面白い仕掛けも、3ヶ月で飽きられる。その先へ
人間の脳は適応力が高く、新鮮だった刺激もすぐ「日常の風景」になります(新奇性の罠)。階段のアートやポスターは四半期ごとに入れ替え、ウォーキングイベントのルートも毎回変えましょう。「変化し続ける環境」こそが飽きを防ぎます。
個人ランキングは上位層だけのゲームになりがち。部署対抗の「平均歩数バトル」にすると、連帯責任感(サボりづらさ)、相互応援、参加ハードルの低下という3つの心理効果が働き、運動が苦手な層も巻き込めます。
リーダーの行動は最も強力なナッジです。役員が率先して階段を使う姿、社長がウォーキングイベントに参加する姿──これを社内報やSlackで発信することが、組織の「健康は当たり前」という規範をつくります。2025年のLancetレビューでも、リーダーシップのコミットメントが職場ウェルビーイング介入の効果を左右すると報告されています。
💡 EXPERT INSIGHT
約18年間、フィットネス・健康分野に携わり、2018年から法人向けの健康経営支援を続けてきた中で、私が最も強く感じていることがあります。
それは、「頑張れ」と言われて頑張れる人は、そもそも最初から健康施策に参加しているということです。企業の健康経営が本当にリーチすべきは、「関心はあるが改善するつもりはない」25%の層──つまり健康無関心層です。
行動デザインの本質は、この層に「気づいたら健康的な選択をしていた」という体験を作ることにあります。これは福利厚生の話ではなく、生産性・定着率・企業価値に直結する経営デザインの話です。
しかし現場では、「ナッジのアイデアはあるが、誰が旗を振るのか」「効果測定はどうするのか」という壁に直面する企業が多い。だからこそ、仕掛けの設計 → 実行 → 効果検証 → 定着支援まで伴走できる外部パートナーの存在が、成否を分けると考えています。
── ウェルネスドア合同会社 代表 狩野 学
【免責事項】本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の効果を保証するものではありません。個人の健康状態に応じた運動・食事については、必ずかかりつけの医師や専門家にご相談ください。
ウェルネスドアは、行動デザインの知見に基づき、
貴社に最適な健康施策の設計から実行・効果検証まで一貫してサポートします。
オフィスにて。目の前には、エレベーターと階段。
「健康のために階段が良いのは、分かっている。でも、ついエレベーターのボタンを押してしまう…」
多くのビジネスパーソンが、日々こんな小さな葛藤を繰り返しているのではないでしょうか。厚生労働省の調査によれば、1日の平均歩数は年々減少傾向にあり、特にデスクワーク中心の働き手は深刻な運動不足に陥りがちです。これは、単に個人の意思の問題ではありません。私たちの脳が、無意識のうちにエネルギー消費の少ない「楽な選択」をするようにプログラムされているからです。
この記事では、「頑張れ」という精神論に頼るのではなく、人間の心理や習性を逆手にとる**「行動デザイン(ナッジ)」**のアプローチを用いて、社員が無理なく、自然と「歩きたくなる」「動き出したくなる」職場を作るための、低コストな3つの仕掛けを、国内外の事例を交えて専門家の視点から解説します。
行動を促す最も強い動機付けの一つは**「楽しさ(Fun)」**です。この力を証明した世界的に有名な事例が、スウェーデン・ストックホルムの地下鉄駅に設置された「ピアノの階段」です。
階段をピアノの鍵盤そっくりにデザインし、一段上るごとに音が鳴るようにしたところ、隣にあるエスカレーターを使う人が激減。実に66%もの人が、楽しんで階段を選ぶようになったのです。これは「The Fun Theory(楽しさの理論)」と呼ばれ、退屈な義務を魅力的なゲームに変えることで、人々の行動を劇的に変えられることを示しました。
人間は、「将来の大きな利益」よりも「目の前の小さな利益」を優先する心理**(現在志向バイアス)**を持っています。「階段を上れば、10年後の健康につながる」と言われるより、「この一段で、今〇〇kcal消費した」と実感できる方が、行動のモチベーションになります。
WHO(世界保健機関)も推奨する身体活動量を達成するためには、こうした「即時フィードバック」が極めて有効です。階段の各所に、消費カロリーや健康効果に関する具体的な情報を掲示することで、「退屈な移動」が「成果の見えるトレーニング」に変わります。
人間は社会的な生き物であり、周囲の人々の行動に強く影響されます。これを**「社会的証明(Social Proof)」**の原理と呼びます。「健康のために階段を使いましょう」と呼びかけるよりも、「営業部の8割が、毎日階段を利用しています」と伝える方が、人の心を動かす力は遥かに大きいのです。
特に日本企業においては、同調性が強く働く傾向があるため、この「みんなもやっている」という雰囲気の醸成は非常に効果的です。エレベーターホールなど、誰もが目にする場所に、ポジティブな集団の動きを「見える化」することが鍵となります。
社員の健康行動を促すのに、必ずしも大きな予算は必要ありません。
人間の心理を少しだけ後押しする「知恵と工夫」が、やがて組織全体の健康文化を醸成します。
ウェルネスドアは、行動デザインの知見に基づき、貴社に最適な健康経営プランをご提案します。
監修:ウェルネスドア合同会社 代表 狩野 学
【免責事項】
本記事は、一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の効果を保証するものではありません。個人の健康状態に応じた運動については、必ずかかりつけの医師や専門家にご相談ください。
【主な情報源】
・厚生労働省 e-ヘルスネット「身体活動・運動」「座位行動」
・世界保健機関(WHO)「身体活動に関する世界行動計画 2018-2030」
・The Fun Theory by Volkswagen (Piano Staircase Initiative)
前回のコラムでは、ポスターやBGMといった環境への「仕掛け(ナッジ)」によって、社員の行動変容を促す方法をお伝えしました。
しかし、ここで一つ、残酷な事実をお伝えしなければなりません。それは、「どんなに面白い仕掛けも、3ヶ月で飽きられる」ということです。
人間の脳は適応能力が高く、当初は新鮮だった刺激もすぐに日常の風景(ノイズ)として処理してしまいます。これを防ぎ、一時的なイベントを「当たり前の習慣(文化)」へと昇華させるには、もう一段階深いアプローチが必要です。
「誰が一番歩いたか」という個人ランキングは、上位層(元々運動が得意な人)だけのゲームになりがちで、運動不足の層は早々に離脱してしまいます。
そこで効果的なのが、部署対抗やチーム対抗の「平均歩数バトル」です。
【チーム戦の心理的効果】
単に歩数を競うだけではマンネリ化します。ここに「ゲームの要素」を取り入れることで、ワクワク感を持続させることができます。
チームの合計歩数を距離に換算し、「東海道五十三次」や「世界一周」などのマップ上を進んでいくイベントです。
【運用のコツ】 中間地点(例:箱根に到着!)に到達するたびに、その土地の名産品(お菓子など)をチームにプレゼントする。小さな報酬(マイルストーン)を細かく設定することで、モチベーションが維持されます。
表彰の際、「最も歩いた人(結果)」だけを褒めていませんか?これは、元々アクティブな人をさらに称賛するだけで、行動変容が必要な層には響きません。
本当に称賛すべきは、「昨日まで歩いていなかったのに、歩き始めた人(変化)」です。
こうした「努力のプロセス」に光を当てることで、「自分もやってみようかな」というフォロワーが生まれ、組織全体の底上げにつながります。
イベントの企画から運用、効果測定まで、社内リソースだけで行うのは大変な労力がかかります。
「社内ウォーキング大会を企画したい」「アプリを使った健康施策を導入したい」
ウェルネスドアでは、企画立案から運用サポートまで、貴社の健康文化づくりをトータルでバックアップします。
【参考文献・出典】
・Jane McGonigal『SuperBetter: The Power of Living Gamefully』
・行動経済学(ナッジ理論)に基づくヘルスケア介入研究