HEALTH BEHAVIOR DESIGN × 健康経営

行動デザインで
「つい健康になる」職場をつくる

「頑張ろう」では人は動かない。
行動科学のエビデンスに基づくナッジ・COM-B・行動変容ステージモデルで、
社員が"無理なく・自然と"健康的な選択をする職場を設計する。

✍️ 監修:ウェルネスドア合同会社 代表 狩野 学 | 📅 2026年5月 更新

📌 この記事のポイント

  • ✔ 人間の脳は「楽な選択」を好む──だから精神論ではなく環境設計で健康行動を促す
  • EAST・COM-B・行動変容ステージモデル── 3大フレームワークの使い分けと実践法
  • ✔ 食堂・階段・会議室・通知メール──明日から使える7つの職場ナッジ施策
  • ✔ 一時的なブームで終わらせない──行動を「文化」に変える定着の3ステップ

なぜ「頑張れ」では
社員の行動は変わらないのか

── 行動経済学が明らかにした「不合理な脳」の正体

「健康のために階段を使いましょう」「野菜を多く食べましょう」──
こうした呼びかけに、あなたの職場の社員はどれだけ反応しているでしょうか。

厚生労働省の調査では、食習慣や運動習慣について「関心はあるが改善するつもりはない」と答えた人が約25%に上ります。「わかっちゃいるけど、やめられない(始められない)」──これは意志の弱さではなく、人間の脳の標準仕様です。

🧠 行動を阻む3つの「脳のクセ」

① 現在志向バイアス:「10年後の健康」より「今この瞬間の楽」を選ぶ

② 現状維持バイアス:変化を避け、慣れた行動パターンに固執する

③ 選択疲れ:情報や選択肢が多すぎると、「何もしない」を選んでしまう

行動経済学のノーベル賞受賞者リチャード・セイラー教授は、こう指摘します。
「人は合理的には行動しない。だからこそ、環境のデザインで行動を後押しできる」と。

この「環境の力で、自然と望ましい行動へ誘導する」アプローチがナッジ(Nudge)であり、より広義には行動デザインと呼ばれます。強制や罰則ではなく、選択の自由を残しながら「そっと後押し」する──それが、健康経営における行動デザインの本質です。

押さえるべき3つの行動変容フレームワーク

── 「何を」「誰に」「どう」設計するかの羅針盤

FRAMEWORK 01

EASTフレームワーク ──「仕掛け」を設計する4原則

英国政府の行動科学チーム(BIT)が開発した、ナッジ設計の実践フレーム。「どうすれば人は動くか」を4つの原則で整理します。

🟢 Easy(簡単に) 手間を減らす、初期設定を最適化する
例:健診の再検査予約を自動で仮押さえする
🟢 Attractive(魅力的に) 関心を引く、報酬を見える化する
例:階段にカロリー表示やアートを施す
🟢 Social(社会的に) 「みんなやっている」を見せる
例:「営業部の82%が毎日階段を利用中」と掲示
🟢 Timely(適切なタイミングで) 行動の決断ポイントに介入する
例:健診結果通知の翌日に改善セミナーを案内
FRAMEWORK 02

COM-Bモデル ──「なぜ動かないか」を診断する

UCLのSusan Michie教授らが開発。行動(Behavior)が起こるには、能力(Capability)・機会(Opportunity)・動機(Motivation)の3要素が揃う必要があるという診断フレームです。被引用15,000回超、世界の行動変容研究の中核モデル。

C:能力 やり方を知っている?体力はある?
→ 知識不足なら教育、体力不足なら段階的プログラム
O:機会 やれる環境・時間・道具がある?
→ 時間がないならデフォルト化、場所がないなら動線設計
M:動機 やりたい理由・習慣・感情がある?
→ 動機が弱いなら即時報酬の設計、社会的証明の活用

💡 実務でのポイント:「社員が健康施策に参加しない」とき、COM-Bで診断すると原因が"やる気"ではなく"時間がない(機会)"や"やり方が分からない(能力)"であることが多いと分かります。原因を特定してから施策を打つことで、空振りを防げます。

FRAMEWORK 03

行動変容ステージモデル(TTM)──「いま、どの段階か」を見極める

プロチャスカとディクレメンテが禁煙研究から体系化。人は5段階を経て行動を変えるという前提に立ち、ステージに合わない施策は逆効果になることを示しました。

無関心期 変える気がない → 気づきを与える(データ提示・リスク可視化)
関心期 迷っている → 動機を高める(同僚の成功事例・ロールモデル共有)
準備期 やろうとしている → ハードルを下げる(小さな目標設定・環境整備)
実行期 始めたばかり → 即時フィードバック(小さな成功体験の蓄積)
維持期 6ヶ月以上継続 → マンネリ防止と称賛(新目標・コミュニティ形成)

明日から使える
職場の行動デザイン 7つの実践手法

── 大きな予算は不要。「知恵と配置」で職場が変わる

🏢 オフィス動線

1. 階段を「体験」に変える

階段にアート・消費カロリー表示・BGMを導入。ストックホルムの「ピアノ階段」では66%がエスカレーターから階段へ転換。日本の大学での研究でも、ナッジ掲示で若年女性の階段利用率が有意に増加。

🍽️ 食環境

2. 食堂の「選択アーキテクチャ」

ヘルシーメニューを目線の高さ・手前に配置するだけで、選択率が40%以上向上した企業事例あり。Google社は小さい皿をデフォルトにし、食べ残しを最大7割削減

📋 デフォルト設定

3. 「参加が初期値」のオプトアウト方式

健康イベントや保健指導を「希望者参加(オプトイン)」から「全員参加・不参加は申出(オプトアウト)」に変えるだけで参加率が劇的に改善。臓器提供意思表示でも実証された強力なナッジ。

👥 社会的証明

4. 「みんなもやっている」の見える化

「85%のお客様が継続を選択」と記載しただけで更新率が約15%改善。社内では「部署別の健診再検査受診率ランキング」の掲示が効果的。

⏰ タイミング

5. 「心の扉が開く瞬間」を狙う

健診結果の通知直後、年度始め、誕生日の前後──人が「変わろう」と思いやすいタイミングに施策を集中投下。厚労省のハンドブックでも「狙うのは、心の扉がひらく瞬間」と推奨。

🎮 ゲーミフィケーション

6. チーム対抗の「バーチャルウォーク」

チームの合計歩数を距離に換算し「東海道五十三次」のマップ上を進むイベント。個人戦では運動苦手層が離脱するが、チーム戦は「連帯感」「相互応援」で参加率が維持される。

💬 フィードバック

7. 「結果」ではなく「変化」を称賛する

「最も歩いた人」だけでなく「前月比で最も歩数が増えた人(ジャンプアップ賞)」を表彰。変化のプロセスに光を当てることで、「自分もやってみようかな」というフォロワーが生まれる。

「仕掛け」を「文化」に変える
定着の3ステップ

── どんなに面白い仕掛けも、3ヶ月で飽きられる。その先へ

STEP 1

仕掛けの「更新サイクル」を設計する

人間の脳は適応力が高く、新鮮だった刺激もすぐ「日常の風景」になります(新奇性の罠)。階段のアートやポスターは四半期ごとに入れ替え、ウォーキングイベントのルートも毎回変えましょう。「変化し続ける環境」こそが飽きを防ぎます。

STEP 2

「個人戦」から「チーム戦」へ移行する

個人ランキングは上位層だけのゲームになりがち。部署対抗の「平均歩数バトル」にすると、連帯責任感(サボりづらさ)、相互応援、参加ハードルの低下という3つの心理効果が働き、運動が苦手な層も巻き込めます。

STEP 3

経営層の「率先垂範」を組み込む

リーダーの行動は最も強力なナッジです。役員が率先して階段を使う姿、社長がウォーキングイベントに参加する姿──これを社内報やSlackで発信することが、組織の「健康は当たり前」という規範をつくります。2025年のLancetレビューでも、リーダーシップのコミットメントが職場ウェルビーイング介入の効果を左右すると報告されています。

💡 EXPERT INSIGHT

行動デザインは「健康施策」ではなく
「経営デザイン」である

約18年間、フィットネス・健康分野に携わり、2018年から法人向けの健康経営支援を続けてきた中で、私が最も強く感じていることがあります。

それは、「頑張れ」と言われて頑張れる人は、そもそも最初から健康施策に参加しているということです。企業の健康経営が本当にリーチすべきは、「関心はあるが改善するつもりはない」25%の層──つまり健康無関心層です。

行動デザインの本質は、この層に「気づいたら健康的な選択をしていた」という体験を作ることにあります。これは福利厚生の話ではなく、生産性・定着率・企業価値に直結する経営デザインの話です。

しかし現場では、「ナッジのアイデアはあるが、誰が旗を振るのか」「効果測定はどうするのか」という壁に直面する企業が多い。だからこそ、仕掛けの設計 → 実行 → 効果検証 → 定着支援まで伴走できる外部パートナーの存在が、成否を分けると考えています。

── ウェルネスドア合同会社 代表 狩野 学

📚 主な情報源・参考文献

  • ・Thaler RH, Sunstein CR (2008)『Nudge: Improving Decisions about Health, Wealth, and Happiness』
  • ・Michie S, van Stralen MM, West R (2011) "The behaviour change wheel" Implementation Science, 6:42(COM-Bモデル原著論文)
  • ・Virtanen M et al. (2025) "Effectiveness of workplace interventions for health promotion" The Lancet Public Health, 10(6)
  • ・厚生労働省「行動変容につながる健康づくり Textbook 2025年6月版」
  • ・厚生労働省 e-ヘルスネット「健康政策とナッジ」「行動変容ステージモデル」
  • ・印南一路, 黄辰悦 (2025)「行動経済学・ナッジの発展と実践知」医療と社会, 35(1), 11-24
  • ・松本裕史 (2022)「若年女性におけるナッジを用いた階段利用促進」体育学研究, 67, 319-327
  • ・NTTデータ経営研究所「行動デザインサービス(ナッジ)」実績一覧
  • ・Global Wellness Institute "Workplace Wellbeing Initiative Trends 2026"
  • ・福田吉治 (2019)「ナッジ理論の応用事例の収集と健康無関心層の実態に関する調査」厚生労働科学研究

【免責事項】本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の効果を保証するものではありません。個人の健康状態に応じた運動・食事については、必ずかかりつけの医師や専門家にご相談ください。

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